世界に色が宿る瞬間を、わたしは知っている。その冷たささえ解けるような感覚を、わたしは知っている。


「寒すぎない?」
「寒すぎます」
「死ぬぜもう、」


11月。心が寒さで縮んでいくのが如実に分かるこの月はやっぱり好きになどなれず、布団の中のちっぽけな温もりに縋るしかない自分が惨めになる。その先にいる紀章さんの声を耳に入れながら、どうにもならない会話が続く。これは、嫌いじゃない。状況を変えるような会話でないにしても、心を温める会話であることに変わりなかったから。


「わたし、初めて見たんです今日」
「ん?」
「紀章さんがステージで歌ってる姿」
「え、そうなの」
「・・・びっくりした」
「びっくり?」
「知らない紀章さんだった」


世界に色が宿る瞬間を、わたしは知っている。それは突然であったり仕組まれたものであったり、それぞれ異なるのだろうが、すべては必然なのだと言われたらそうなる。紀章さんは、毅然としていた。いや、あの激しく光る存在感は、キラキラなどといった音のような輝きでは表せないほどに、わたしを惹き付けて離さないもので、その瞬間に世界を見た。


「へえ、」
「いつもはこんな変態やろーなのに」
「俺はやる時はやる男なんですよ」
「そうみたいですね」
「惚れ直したんだろ?」
「はなから惚れたわけじゃないけど、まあ、感動しました」
「それって惚れたんだろうがー」


紀章さんがあまりにも脈絡のないことを言っても、そうですかと受け流せる程度の薄っぺらい情だけで、わたしは十分だった。あの時の彼は、違った。どこのシーンにも当てはまらない、わたしの持ち合わせない紀章さんだったから、わたしはあの時に明らかな距離を感じた。決して近づくことも追いつくことも出来ない、歴然とした距離。埋めることなんて、到底できない果てのない隔たり。


「同一人物、なの?」
「それが同一人物なんだなー」
「人って怖い」
「そうだな」


世界に色が宿る瞬間を、わたしは知っている。その時に感じるひとつの終わりは、裏切ることなくわたしの元へやって来る。紀章さんが今もたらす温もりさえ、いつかは消える。その感覚を知っていたとしても、わたしはいつまでもそれに慣れないまま、ただ怯えるだけのちっぽけな女なのだ。凍え死にそうなこの寒さに身も心も壊されながら、きっとわたしは、再びその色を失っていく。


「安心させて、くれませんか」
「んー?」
「紀章さんの身体で、いつもの調子で」
「はいはい、」
「・・・優しくなくたっていい、」


世界に色が宿る瞬間を、わたしは知っている。その瞬間にわたしの世界は広がり、そして何かを閉ざしていく。あなたがくれた可能性?いやそれよりも儚くて確かな安らぎが、わたしの両手からこぼれ落ちて、あなたからもらったはずの色を剥ぎ取ってしまう。


「知らねえぞ?」






わたしはそんな世界などいらなかった。



@@終わり。





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