試したいものがたくさんあった。やっと手に入れた新色のボルドーの口紅の美しさだって確かめたかったし、噂のマスカラの威力だってもっとよく知りたかったのに。

「え、もう?」
「うん早く終わったから」
「そうか」
「うん」
「ちょっと待ってすぐ準備する」

けれど、結局いつものメイクで収まってしまって、せめてもの足掻きとして新しく買った大ぶりのピアスだけを身につけた。コーディネートがどうだとか、何度も確認する余裕もなく、待たせている自由くんの元へ向かう。自由くんは、特に何も反応してくれるわけでもなく、じゃあ行こうかとわたしに手を差し出すだけだが。

「外寒い?」
「結構寒いよ」
「ううそっか、」
「そのファーのマフラー暖かそうだけど」
「え、あげないよ?」
「いや、欲しいとは入ってないけどね」

自由くんの綺麗な歯並びを覗きながら、ふふふと笑う。もうネオンに支配された街並みは、寄り添い合う男女の溜り場のよう。例外なく、そこに立ち寄るわたし達もその一部を創り出していて、まるで芸がない。こんな季節になったね、と視線だけが光を受け止めて、そして歩みを止める。

「人多い」
「だね、」
「ここ、ほんとうに通る?」
「んーついでだし、」
「そうだね」
「うん」
「自由くんと、はぐれませんように」
「大丈夫、しっかり手は離しません」
「おお。よろしくお願いします」
「おうおうまかせなさい」

少しだけ握っている力が強くなった。そんなものだけで、心がすとんと軽くなる。わたしはもう、ついていくだけで良くて、自由くんが早くも遅くもなく、いやいつもよりゆっくりと歩むのに、ただ寄り添うだけ。

「ぴっかぴか」
「だねー」
「木が重そう」
「名前寒くない?」
「うん。大丈夫」
「よかった」
「ちょっと寒いけど」
「え、」
「自由くんの手握ってるから、大丈夫」

わたしには、このごちゃごちゃしたイルミネーションなど関係なくて、自由くんと歩いていることに理由があった。だから、自由くんの手の温もりを感じることが第一条件であったから、寒くても平気。少しお化粧が思うようにならなくたって、結局自由くんが隣にいるなら、それで。

「そっかあ」
「自由くん照れてる」
「そりゃあ照れるわ、急に言われたら」

大きい優しさに包まれていく。ずっと離さないで、など重苦しいわがままなんて言わないにしても、今だけはこの手が離される予兆さえないのだから、これでいい。わたしにとっての幸せは、いつも自由くんの隣にしかない。

「冬だね」
「冬ですねえ」
「名前の誕生日がくるね」
「あ、覚えてるんだね」
「もちろん」

吐く息は同じように白い。笑うタイミングだって、照れる状況だって同じ。あなたの隣にいる限り、同じものをたくさん見つけて、そして笑い合えるのでしょう。

@@これしかいらない





ALICE+