「、っ」
「ちょちょ、なにしてんの」

汚い。この手に付着したわたしの血かあの人の血なのかも分からないものを何度も何度も擦り合わせながら、その手は休まらない。それでも拭えない、わたしの汚れは落とせない。

「は、なしてください」
「やりすぎ」
「掴まない、で!」
「あー擦りすぎて傷口広がってるじゃん」

きたないきたない汚い。拭い切れないのはこの血よりも、内在するわたしの惨めな感情だということくらいよく知っている。宮野さんは、忙しなく動いていたわたしの手を両手で掴んで、いつもの調子の声で、もう止めなさいと言う。

「どうにもならないだろ、そうしても」
「・・・じゃあ、どうすればいいんですか」
「それは、」
「わたしは殺しました一番わたしを大事にしていた人を、さっき、この手で」
「そうだね」
「・・もう、救えない」

元々わたしは周りに馴染みにくい人間だった。親に捨てられ、児童施設で毎日人形のように1日を終えていくわたしを救ってくれたのは、彼だった。彼だけが、わたしを愛してくれた。その喜びも苦しみも、全部受け入れて生きていくよと彼はわたしに誓っていた。

「でも、その人は人殺しだった」
「、はい」
「何十人とも分からない人を殺していた凶悪犯だった」
「っ」
「だから君は殺さざるを得なかった。それが俺らの仕事だったから」
「はい、」
「警察になれと言ったのは彼だったんだろ?それはもしかしたら」
「、わたしの手で裁かれたかったのかもしれません」
「よく分かってるじゃん」
「でもそんなの、あまりにも身勝手だ」

彼は死に際に、ごめんとわたしに言った。そんな卑怯な言葉だけを残して、息を引き取った。まだ何も感情を整理できてないわたしに向かって、自分の非を認めるだけ認めて勝手に。

「わたしは、・・・愛してた」
「そう、」
「拳銃を持つ手が最後まで震えていた。そのせいで急所に当てれずに、何発も彼を打たないといけなかった」
「うん」
「彼の血は、ぬくかった」
「・・・うん」
「わたしより、何倍も何倍も、熱かった、!」
「名前、」

視界が暗くなる。宮野さんの腕の中よりも、彼の血は熱く熱く流れていた。倒れてしまった彼のそばに駆け寄り、撃ち抜いたその傷をおさえながら、涙を流すことしかできなかった。血と涙が混じったところで、わたしの涙はこれっぽっちも分からず、ただそれが彼の死という事の大きさだけを突きつけているようで、わたしの底知れない汚れはより染み込んでいった。

「強くなれ、名前」
「・・・、っ」
「強く生きなさい」

生きる理由を教えてくれたのが、彼だったのだ。きっと、これから孝宏さんの「ごめん」は、頭から離れることなくわたしを縛り続ける。宮野さんの逞しい腕の中でさえも、その呪縛は解けることはない。

「名前はあの人に救われたんだろ。じゃあ次は名前が誰かを救う番だ」
「・・・でも、」
「大丈夫。今の名前は俺が救うから」

そうすればいいでしょ、と。宮野さんは投げかけたくせに答えさせることもせず、優しく頭を撫でた。宮野さんの手は大きくてわたしを包み込むようで、だからもう枯れたと思っていた涙は再び溢れて、また彼を思って惨めに泣くんでしょう。


@@仕組まれた罪





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