わたしの耳に最後までずっと残ったのはあなたの声だった。優しくて、少し低いその声が耳元でわたしを温めている。ずっと。

「・・・あ、」
「ん?どうしたの」
「なん、だったんだろう」
「、?」
「・・よく分からない」

息を吸うと乾いた空気がのどを傷つける。それから、隣でまだ目の覚めていない悠一が喉を鳴らしていて、同じようなことを思ったのだと愛おしく感じた。冷たくなった鼻あたりに軽いキスをしてベッドを出る。随分と冷えた室内に身体中が重く感じる。なんて、忙しい朝なのだろう。

「起きないの?」
「起きる」
「じゃあ布団から出て」
「出れない」
「・・・遅れても知らないよ?」

悠一がみょうに甘える朝を、一緒に過ごしている。その後に起きてよと打診して、もぞもぞと動き出した彼に少し顔を近づけた。無造作に伸ばされた髭がなんとも彼らしくて、ずぼらな人だ笑うしかない。

「、ねえ」
「ん?」
「もう少し、一緒にいてもいいんじゃない」
「、いま?」
「うん。いま」
「・・そう」

へらへらと薄っぺらい感情が人の行く末を左右するとして、この世はきっと遠くの誰かから見るとあまり大したことのない世界なのだと思う。こちらに来いと言わんばかりに、悠一はわたしの手を掴んだ。わたしは手を掴まれることでそこまでの予測が追いついたから、軽々しくあなたに身体を預ける。これをしがない女だと、わたしを嘲笑う人がどこかに必ずいるのも、よもや仕方のないことで。

「さっき、なんだったの」
「え、そんなに聞く?きっと大したことではないけれど、」
「・・もしかしたら、俺とおなじかもしれないから」
「?そうなの」

わたしと悠一は、せまい世界で窮屈に愛を囁きながら満たされていた。誰かが嫉み、誰かに呆れられながらわたし達は笑っていて、悠一と呼ぶわたしの声は忌々しいあの人とはとっても違う。永遠に違う。そういう風に生きている。

「多分だけれど悠一の声がした。なんだかとても居心地のいい声がして、夢なのかどっちなのかよく分からなくなってしまった」
「、そうなの」
「わたしと、おなじだった?」

悠一は。夢でも、わたしをあなたは愛おしく呼ぶから、行き過ぎたしあわせだと笑った。でこぼこだった身体は夜を越えるたびにあなたとぴったりと合わさっていて、運命なんてことばがあるのならずっとわたしは、それに甘んじてしまうのだ。

「おれは・・名前が笑ってたよ」
「わたしが?」
「うん」
「・・嬉しかったのね、」
「なにが?」
「それは悠一がでしょう」

残酷に荒々しく呼ぶあの父親とは違う。あの人から付けられたこの名前を愛おしく思ったことは一度もなかったけれど、あなたは何度もわたしの名前を優しく呼ぶ。耳元を温かく、あなたは染めていく。だからわたしはあなたに何度も乞いる。煩わしいその名を呼んで、わたしをずっとずうっと愛して。

「、あっそ」
「聞いといて、そんな反応なの?」
「わるい?」

その無頓着な髭も深い声も大きな身体もはっきりとした顔立ちも全部がわたしの心を豊かにさせる。それから、あなたの瞳の中に吸い込まれてキスをした。やっぱりそれらはわたしを温める。温めるまま、身体中の熱はいつまでも冷めることを許さないで。

@@愛が欲しいのはどなた?





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