幸せでしょう、と彼女は微笑んでどこかへ去った。その後ろから差す15時を過ぎた太陽の柔らかい光がやけに眩しくて、だから俺はずっとそれが欲しくなるんだと思う。

杉「なにその目?」
下「え、どんな目」
杉「すんげー遠い目、」
下「してた?え、うそ」

目を擦る。目の前にいるのは紛れもなくもんちゃんで、変なことを思い出した原因が思い出せなくなる。本当にふいだった。ふいに浮かんだ顔はちょっぴり懐かしくて相変わらずすました顔をしていた。

杉「昔の女でも思い出したかのような顔だったな、うん」
下「そ、んなのいねーよお!って、言わせんなよ!」
杉「あーすまんすまん。童貞キャラにはちょいときつい冗談だった」
下「んだよー・・・」

あまりの寒さに身を縮めながら外を歩く。なんだか冬が駆け足をしているよう。たくさん降り積もった雪もそうだし、イルミネーションが少しずつ姿を消していくのも、冬が駆け足をしながら春を探しているように見えた。そのせいか。ふいに思い出したのは、春を探しそびれたこの寒さがなんとなくあの時の俺と似ていたから、変に彼女のあの困り顔を引き出してしまったのかもしれない。

杉「寒すぎる」
下「だねー」
杉「こんなに晴れてんのにさあー」
下「太陽もいるのにね」
杉「太陽系最大のパワーを出し惜しみしてんじゃないよったく」

公園をよくふたりで歩いていた。なんもない冬の公園はただ寒くて、一緒に太陽が顔を出すのをじっと眺めていた。ただ一緒にいるのが好きで、そこにあった感情に名前など付けたことは無かったけど、あれはきっと恋愛的な感情があったんだろうと、今さらになって分かる。

幸せをふたりで探していたんだ。きっと、小さくても満たされる幸せを探して歩いていた。でも、それに愛想を尽かして彼女は違う幸せを選んでいった。あの日は、ちゃんと笑っていた。薄化粧が良く映えるそんな顔を塗りつぶして、ネオン街を歩く彼女はただ笑っていた。

「(今ごろなにしてるのかな)」

最後に会った彼女は、ごめんねと笑いながら困った顔をした。それはちょっとずるいじゃん、と引き合いに出た言葉は吐き出さずに、もやもやと心臓あたりに溜め込んだままで、一生それを伝える日も来ないんだと思う。

強がるくせに、気にしいな性格で。俺がいないとだめだとか思わせる、そんなやり口がうまい女だった。

下「・・・酷な太陽だね」
杉「え?あ、うん」

きっとあの人は死ぬまで、わたしは幸せだと言い張って生きていくのだ。そんな、女だった。それが痛々しくて見ていられなかった。そんな幸せは俺がすぐに引き剥がして奪える程のものにしか見えなかったのに、彼女はそれを選んで姿を消した。それから、彼女は太陽の光の中に姿を消して、しもんぬあのね、と呼ぶんだ。あのね、わたしは幸せでしょう?なんて。

杉「・・チョコ、食べる?」
下「え?うん貰う」
杉「なんか随分と、可哀想に見えたからあげるわ」

俺が幸せにしてやるよ、と言えばきみは笑ってこちらに戻ってきたのだろうか。枝にしがみついて、やっと落ちてきた枯れ葉みたいに呆気なくひらりとこちらに手を返したあげくに、幸せでしょうと問い掛ける。やめてくれ。そのくせに、記憶の中でいつまでも美しくいようとしないでくれ。

下「う、さぶ」

一生名前など、呼んであげない。忘れたふりして、生きてやる。じゃなきゃ意味のない太陽みたいじゃないか。冬を前にして居場所をなくした太陽みたいに、あまりにも俺が可哀想になる。

今ごろ寒さに我慢できずに、他の男に擦り寄っていればいい。そしてきちんと暖を取っているのなら、もうそれでいいんだ。

@@君の望んだ爆発





ALICE+