「帰りたい」
「そっかあ。じゃあ帰ろっか」
「え、ほんとに?」
「・・・って友達なら言うだろうな。でもって俺はだれ?」
「かみ、さま」
「ほう悪い響きじゃない」
「頭のいった大人」
「もっと言うとおまえの先生、なっ!」
「?!ふごっつあとえええ、」

あまりにも空が青いから。今日はついに飛べるんじゃないかと思った。なにもかもとっぱらって、しがらみとかもう全部気にしないで、あの空ならわたしを飛ばせてくれるんじゃないかって。

「いった。いまの暴力ですよね教育委員会行きですよね」
「ふざけんな正当防衛だ」
「わあ四文字熟語とか言われてもわかんないわたしお馬鹿だからあ」
「お馬鹿だからあ?」
「帰らせてください切実に、」
「理由を言え、まず」
「お腹痛い。カッコ書きで生理痛」
「そうかーそれは辛かったな」
「だから、」
「しかしそれでおまえを帰らせれるほど俺もあほうではない」

神谷先生はいつも馬鹿にしたような顔でしか生徒を見てない気がする。意味のない足の組み換えをした後に、さっき出した退学届けをびりびりと破り裂いていく。大人をなめるなよ、と嫌なセリフを吐き出されたところで、さっき蹴られた膝の裏あたりが痛みだす。それ結構足りない頭をひねって書いたんだけどなあとか、やっぱりダメなのかなと言ったちょっとした悲しみが廻ってきたせいで、痛みは増していく。

「帰ってどうすんの?」
「歌い続けます」
「はい?」
「だってカラオケボックスだもん歌わなきゃ、」
「え、何言って」
「ここさいきんはずっとカラオケ暮らしなのでわたし」
「・・・なに、おまえまた家帰ってないの」

どうしようもない人がこの世には必ずいる。わたしの場合、それは親だった。わたしの親は本当にどうしようもない。世間体とか、保護者としてとかそういうものが分からないどうしようもない人間だから、ずうっと大っ嫌いだった。家にいればいるほど、わたしは苦しくなる。こんな親なんてとか、こんな親の血が脈々と流れているこの状況とかに、途方もない絶望を感じてしまうから。

「無理なんです、ほんとうに」
「うん。俺も無理だった」
「あんたも言うんかい」
「あんた?」
「、神谷せんせ」
「そうです」
「はあ」
「でも、辞めてどうなる?何も変わんなくない」
「・・・んー」
「てか、ここで辞めるとおまえまでどうしようもなくなるぞ」

先生はいつだって事実を言う。生徒の道を諭すために本当のことを言ってくれる。心臓がぎゅうっと潰れそうになった。本当は神谷先生に助けて欲しかっただけで、退学届けなんていうあほらしいものを提示してみただけで。そんなことしか思い付かないわたしは、やっぱりあの人たちと同じどうしようもない血が流れているのだ。虫唾が走るほど、わたしにはあの親と同じようなことしか出来ない。

「・・・もう、やだ」
「ん?な、名前」
「うえっ、ん」

教室から見える空はやっぱり真っ青で、どっちかというとわたしを殺しにかかってきている気がした。わたしはおまえとは違うぞなんていう誇張。大丈夫だよ、と慰めてくれる青色ではなく、おまえとはとても相容れないといった拒絶の色。どんなに足掻いたところでわたしは結局あの汚い親の血に染まって、堕落していく。

「、ったく仕方ないな」
「せ、せんせ?」
「なに、」

いっそ突き放して欲しかった。それなのに、先生はわたしを優しく包み込んで、煩わしかった青い空を一瞬で遮ってしまう。背中に回った腕は到底温くもがいた痛みを塞ごうとしてくれる。

「泣くな」

時計の針が遠くで静かに鳴っていた。体にまきつく腕が、一生わたしの者になればいいのに、とまたどうしようもないことを思った。

@@見にくい醜さ





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