多かれ少なかれ人は嘘をつく。そして大抵、人は他人の嘘が嫌いだ。

「紀章さん、」
「はい?」
「抱いて」
「おわ」
「紀章さん抱いて」

紀章さん、紀章さん。いくら呼んでも足りなくて、どうすればいいのかわからなくなる。目の前の紀章さんに、ふっと抱きついた。そしたらなんだよおとふざけながら、紀章さんは優しく抱き締め返してくれるから。

「紀章さん、」
「ん。聞こえてる」
「き、しょー」
「、なに?」
「離れないでくださいね」

やっぱり足りない。薄っぺらい布に遮られた熱ではわたしは満足出来ない。だからやっぱり抱いて欲しいとお願いすると、紀章さんは何も言わずに頭の上に手を置いた。いや、そんなのじゃなくて、わたしはあなたが欲しいのに、などごねたところで、紀章さんはどうにもしてくれない。

「あいつにはフラれちゃったの?」
「誰ですかあいつって」
「中村だろー、」
「知りませんあんなやつ」
「あら?ほんとにフラれた?」
「こっちからガツンと言ってやったんですうフラれちゃいません」
「あっそ」

生まれつき欲しいものはあまりなくて、ただその場に並んだ状況や雰囲気に流されて生きていた。多分それはこれからずっとそうだし、ぬらぬらと醜いことを繰り返したところでそれが取り戻せるわけでも、消えてなくなるわけでもない。悠一くんは知らない。こうやってケンカした夜に、ずかずかと紀章さんの家で上がり込んで身体を重ねることも、そこで気持ちよくなった後に、ふらふらとあなたの家に戻ることも、何も知らない。

「わたしって、ダメな女ですか」
「えーダメじゃないんじゃない?まあ、彼女にはしたくねーけど」
「な、なんでですかーあ」
「男は、いつでも自分だけになびいてほしいもんなの」
「、ふうん」
「うん。でも名前の場合は、あいつがダメだな」
「やっぱり。ですよね」
「うん。おまえは悪くない」

嘘はつくものじゃなく、重ねるものだ。どんどん積まれた嘘は、やがて足場を不安定にして最後には崩壊する。でも、人はいつだって自分の嘘に酔う。そして、他人の嘘に疑りをずっと掛けて、気がつけば疑心暗鬼・・とか。ばかみたい。

「悠一くんの嘘は見え見えなんです」
「え?なんのはなし」
「まあ、紀章さんもわかりやすいけど。わたしが気付かないふりして笑ってやったところで、溝はもう埋まらないんです」
「割り切ってるねえ」
「割り切れてないから、紀章さんのところにいるんでしょ」
「・・じゃあ、愛してあげるわ」
「おねがいします」

嘘つきはさいごに嘘に泣く。紀章さんは、わたしの嘘にいつも寄り添う。だからわたしは紀章さんから離れられない。

「俺の女になっちゃえばいいのに」
「、さっきは嫌だって言ったくせに?」
「言ったくせに、」
「・・・へんなの」

服を脱いだ。やっと紀章さんの肌から、熱を感じた。嘘は、ひとつの興奮の材料になる。それを知った頃、わたしの身体は疼き、反対に空っぽになっていく心には知らないふりをするしかない。



@@渇いた





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