生まれた瞬間に生き物はみな死ぬことが決まっていて、その前提の中で必死に生きていく。嫌なことがあっても、幸せを感じても、結局は消えていく命の消費。そんなの馬鹿みたい。

「喋り足りないなあ」
「はい?」
「生きてると言いたいことばっかりでうんざり、」

言葉がある。言葉のせいで人が感情を何とかして伝えようとするのに、言葉はけっこう人を裏切る。わたしは何回か裏切られた。言葉のアヤとか、その裏をカクとか、よく分からないことばかりを強要されるこの世界は、やはりなんとも馬鹿らしくやがてわたしをダメにする。

「へえー聞くよ?」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ喋ろっかな」
「うんうん」
「昔の話なんだけど、15年間連れ添ったペットが急に死んだんです」
「え」
「ほんと突然ぽっくり。事故だった。引き取る瞬間は看取ったけれど、とても苦しそうで痛々しくて、その時なんだかすごく怖いと思った」

突然どうしたんだというように、安元さんはわたしを見ていた。わたしは淡々と言葉に言葉を重ねながら、感情はあまり揺らぐことなく話しを続けた。トレンチコートが邪魔に感じる昼すぎ。安元さんはすでにコートを羽織らず、外に出ている。

「お、おう。それで?」
「息が急に止まっていく直前で、隣にいたお母さんとお父さんが喧嘩してた。"どっちがイヴを病院に連れていくのか"って。仕事に行けないって騒ぎたててる間に、イヴは急に息をしなくなって結局そのまま死んじゃった。多分、犬は分かるんですよね人の言葉とか、いろいろ」
「へえ、」
「わたしガキだったから、その時はお母さん達のせいで死んだと本気で思った。イヴは自分のせいで喧嘩してると思い込んでそのまま死んだんだって、そう思った」

イヴはお馬鹿なくせに、何度か悲しむわたしに寄り添う素振りを見せたりしていた。多分いい子だった。いい子だから、迷惑をかけないようにと最後はさっさと死んだのだ。それはなんというか、とても気の毒というか、いい子でなきゃと思う彼の最期ってこんなに呆気ないのかと疑問だけが幼心に残った。

「・・・ふうん」
「多分死ぬことが衝撃的すぎたんだと思うんだけど」
「うん」
「そう思うと悲しくて仕方なくなってきちゃって、バカみたいに泣いた。特別可愛がってたわけでもなんでもないのに、すっごい悲しくなった」
「それって結局可愛かったんじゃない?」
「うーん?いまはそうなりますね、まあ結果論だけど」

わたしはきっと、頭がいいほうではない。こんな家で育つしかなかったイヴはどうしようもなく可哀想だと思った。わたしたちの都合に合わせて生きてきたあの犬は、果たして幸せだったのだろうか。

「じゃあ名前はそれに傷ついたんだ」
「うーん、負い目を感じて。イヴに」
「そうなんだー」
「そう・・・って、え。飽きてます?」
「いやー飽きてないない」
「うそ。いつの間にかポテトなくなってるし!いつから話しに飽き・・・?!あと食べ過ぎ!」
「いやいや、飽きちゃないって」

わたしの中にはいまでもイヴの姿が心の網目に捕えられたままになっている。例えば目の前にいる安元さんみたいに、失せた興味をこんなに表現してくれたらもう少しわたしは救われているはずなのに、イヴが何を考えてるかわたしには分からなかった。だって犬は言葉を話せないんだもの。イヴはいい子のまま、わたしの前で死んでいった。残るのはいい子イヴと馬鹿なわたしのすてきな思い出ばかり。

「誰でも、死ぬじゃんいつかは」
「そうですね」
「だから何かを責めたところで死は死なんだよ。だって生き物の宿命よ?死ぬのは」
「だから、こんなにポテト食べてるんですか?明日死ぬかもしれないから」
「そうそう死ぬ前に食い納め・・じゃないから」
「わ、安元さんノリツッコミうける」

食べ漁ったり戯言を繰り返したり、ヘコヘコ働いたり、絶望の淵で全部投げ出したりして、命は消えちゃうらしい。安元さんは、誰でも死ぬんだよと当たり前のことを告げて平然と息をしている。かく言う私も、死を恐れながらへらへら笑って生きている。

「名前はどうせ俺と一緒に死ぬんだから怖がらなくなっていいさ」
「えーそれどういうことですか」
「え、プロポーズのつもりだったんだけど」
「え」
「えっ」
「…同じ墓に入ろう、みたいなことですか?」
「まあ、そんなかんじ」
「ええー、いいですよ」
「わあかっるーい返事だな!」
「安元さんが一緒なら多分、幾分と怖くない」

そのとき安元さんは、ただ優しくちょっとだけ意地悪な顔をしてわたしと見つめ合っていた。だから、わたしはなるべく安元さんの傍にくっついて生きようと思う。どうせ明日死ぬのなら、安元さんと笑いあった先でいい。そしたらあの日感じた恐怖なんて浄化されてしまう気がするから。

@@抱きしめて、そしたら死んでもいい





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