もう終わりですよね、と乾いた笑いを発しながら、これがもう当然の終わりかのように彼女は告げた。血の登りも通り過ぎてしまった。そう言った彼女は、まるで夏の嵐の後のようにあっけらかんとしている、ように見えた。

「吹っ切れたってこと?」
「ええ、すごく。きっぱり」

バルでは少しうるさい音楽が店の中を占拠していた。それでもはっきりと届く名前の声に清々しさを感じつつ、飲み干されたシャンパンに、飲みすぎでは?と冷静に判断した。

「へー、お似合いだったのに。あいつとおまえ」
「ええー?浅沼さんにそう見えましたか?」
「うん結構。なんなら、おまえも好きですって全面に出してたじゃん」
「そりゃあ、愛されるって幸せですからね」
「おおー、なんか知んねえけど怖いわ今の発言」
「女は愛されてなんぼですよ」

付き合ってきた彼に愛想がついたのだ、という電話をしてきたのが昨日の夜。話しを聞いて欲しいサインであることはなんとなく察したので、場所と時間を用意すると名前はすんなりその場に現れた。かなりのビッグカップルだったのに、と言葉を添えると、愛情はそこまでビッグでは無かったとひと言。その表情は、いたいけな女の顔をしていた。

「何を基準に、好きって思うんですかね?男性って」
「え、なに急に」
「いや、気になって。浅沼さんって好きになる基準とかあります?」
「んー、明確になにか、ってのはないかも。直感だ直感」
「ふうーん・・・あれ、次何飲みます?」
「おまえ、明日仕事は?」
「関係ないです。今日は飲むと決めてました」
「あースイッチ入ってるのね、」
「はい。ついでにアヒージョ食べたいなあ?」
「よしよし今店員さん呼んでやっから、まて。な?」

てきとうに名前をあやしながら、今日はもう、そのペースに合わせてやることにした。その意図を分かってか、名前は上機嫌に目を細めてこちらを見て、甘えた声で俺を呼ぶ。

「浅沼さん」
「なに」
「傷心なわたしに、付きあってくれるんですか?」
「まあな」
「やさしい、」
「呼び出されたんでね」
「どこまで、」
「ん?」
「どこまで付きあってくれますか?」

空になったグラスを顔の横に添えて、首を傾げるその様子は、もう悪女全開のオーラを纏っている。何言ってるんだとはぐらかしても、名前はにやりとした顔を続けた。

「持ち帰られたいの?」
「ふふ、」
「・・なんだそれ」
「あさぬまさんなら、もちかえられてもいい」

そう言った目元が少しだけ泣いていた。やっぱり、いつもの名前とは違う。そんな顔をされたら、帰せるものも帰せないことを、彼女はきっと分かっていない。

「帰るぞ」
「え」
「ほら」
「え、まだたのんだの来てないです」
「いい」

乱雑に名前の手を引いて、席を立った。会計の時に後ろでそわそわとしている名前が、とてもか弱く見えた。状況を飲みこめていないというか、アルコールのせいで飲みこむキャパが潰れているというか、とにかくおぼつかない足取りで、俺の手だけを頼りに歩く名前は、とても無力で。

「飲みすぎ」
「す、みません・・・」
「そんなに良かったの?」
「え?」
「あいつ、」

お酒を入れないと吹っ切れない恋だったの。尋ねたところで、名前の顔が少し歪む。そんなんじゃなくて、と答える名前の声にはさっきまでの説得力も清々しさも、もうどこにもなかった。

「もっと、愛してくれると思ったんです、」
「・・・」
「というか、初めからほんとうにわたし自身を好いてくれたのかも、分かりません」
「ふうん、」
「え。きいといて、それ」
「じゃあ、俺にすれば?」

掴んでいた手を力強く引いて、口を塞いだ。酔いを覚ますように名前に執拗にキスを重ねて、彼女が連ねた泣き言ごと奪い去った。強がらなくていい。倒れてしまわないようにと引き寄せた身体が、そのまま俺に身を預けるのに、そんなに時間はかからなかった。

@@次を生む終焉





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