心を平らにさせる何かが欲しい。意味の無い楯突きさえ許して、すっぽりと覆いかぶさってくれるものがいまのわたしには必要で、しかしながら、そんなものはどこにあるの?というわたしもいる。

「空がどよんとしてますね」
「そうですね」
「寒いし。結局冬は冬なんだあ」
「冬は冬ですよ名前さん」

お気に入りのピアスが、強い風に吹かれて音を立てていた。そんなざわつきにさえ左右されない真っ直ぐな下野さんの声が届くことで、会話は続いていた。先週までのぼやけた温かさは花やわたしたちを騙していて、今ごろになって現実を教えてくれる。

「コートが邪魔だったり必要だったり、ラジバンダリです」
「それ、ちょっと古いね?」
「?そうですか?、」
「少なくとも俺は久々にそれを聞いた」
「ええっ、杉田さんとわたしの中でただいま大流行中なんですが」
「ええ?あ、そお?」

雨はまだ降っていない。それだから、握られた傘はまるでファッションアイテムのようにわたしを飾る。ピンクを選んで正解だったな、と浮かべた笑みに、下野さんはすぐ気がついて、なにを笑ってるのだとわたしに尋ねた。大したことじゃあないですよ、と伝えると、疑った目でこちらを窺う下野さんは、正直かわいい。事実なのに、疑わないで。

「せんぱい、かわいいですね」
「?!はあ?、なに。急に!」
「いやあ、そう思ったもので」
「どっ、こがあ?」
「えー、?同い年の変態さんたちに比べたら、随分と」

わたしはわたしの武器を知ってる。何しても、結局許してくれる人の温もりを知ってる。だから、憎まれ口を叩くし、へらーっと笑うし、なんだよお前って言いながら、一緒に笑ってくれる下野さんが好きで、独り占めしたくなる。

「名前の周りにいる人達は特殊だからなー」
「え、下野さんもその1人ですよ」
「あっそうなの?、」
「物好きって言うんですよ、知ってました?」

でこぼこした感情を、やさしく受け止めてくれるのが下野さんで、我儘に等しいわたしの発言を全部許してくれるのが下野さんだった。わたしは、ずるい。泣きたい時とか、甘えたい時ばっかり、電話口で「せんぱい」と非力な声を出して、そうすれば下野さんは飛んで来てくれる。分かっていて、それをしている。

「そっかあー俺も物好きかあ」
「、今日は何時までいてくれるんですか?」
「んー、名前が安心できるまでかな」

家庭なんて、ほっといてわたしを愛してって、絶対言わないけど、わたしはそれを求めてる。下野さんは、知らないふりをしてわたしを見つめてくれる。ぎゅっと握った下野さんのマフラーは、あまりにもつるつるしていて掴みにくかった。悔しくて、思いきり背中に腕を回した。

「じゃあ、帰せないかもしれません。きょうは」
「えっ、ほんとう?」
「、あんしん、させて?」

仕方ない、という顔をして下野さんはやっとつるつるのマフラーを取った。

「ごめんね」
「・・・ん、」

優しさや憐れみなど必要ない。ただわたしの信じるもの以外には目移りしない。下野さんのごめんねは、聞こえないふり。欲しいものを欲しいだけ、ください。




@@モラル、食べた





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