「あ、」
「ん?」
「・・・きれい」

野望。わたしはあなたが思うよりも最低で、馬鹿なことしか検討がつかない人間なのに、それでも健一はわたしを愛するよと言ってくれる。

「あー、ええんちゃう?」
「でもちょっと遠いかも」
「んん・・・そう言われたら、そうかもなあ」
「でしょう?」
「名前はどうしたい?」
「わたしは・・・ええっと」

健一は頭の回転が早くて、いつもわたしは彼の横にいると劣等感しか抱けない。絵を描くことしか取り柄のなかったわたしを、健一はすごいねなどといった言葉で包み込んで、それから温かいぬくもりの中にわたしを誘う。

「ここの方がわたしの好みではあるの」
「うん」
「だけれど少し遠すぎるから、別にここにこだわらなくても構わない」
「本当に?」
「ええ」
「そうかあ。俺もこれが好きやな」
「そうね」
「遠くてもええんちゃう?そこはみんなも大目に見てくれる」
「そうだといいけど」

間近に締め切りを控えた作品の一コマだけが納得いかない。どんなものを描いてもしっくりこなくて、見兼ねた健一は実際にそれを見に行こうと言った。だけれどそれには時間もお金も掛かるし、何よりあなたにそんな迷惑はかけれないと伝えても、迷惑なんかじゃない、と健一はただ優しく笑うだけで。

「だって、編集者も締め切り延ばすことにOK出したんやろ?」
「うん」
「じゃあ問題ないやん。それは名前がすごいからや」
「そんなんじゃないと思うけど、」
「まあまあええやん。この教会に行ことりあえず。言わばバカンスや、バカンス」
「・・・うん」

わたしの歩む時間と健一が歩む時間は、同じ早さの中にないと常々思う。わたしがやっと一つを生み出したり、何かを決意した時には、健一はいくつものプロジェクトを同時に進めていて、いつも何個も何個も先にしか健一はいない。待ってほしいとは思わないけれど、そんな彼がずっと羨ましくて、そんな彼のとなりに自分が並ぶなど、到底不釣り合いに感じてしまう。

「健一は、すごいね」
「え、なにがー?」
「何でも出来ちゃう。器用だし面白いし、決断力もある」
「あら名前さん、なんなの。急に俺をアガペーしだした?」
「ずっと思っていたこと。いつも健一は尊敬してる」
「・・・なんや、照れますなあ」
「真逆ね、わたしたち」
「そうかあ?、」
「うん。全然正反対」

そばにいたら、わたしはいつも彼に引っ張られていく。それが心地よくて、離れたくないと思う。でも、少しでもそれが彼の重荷になったら、その時は離れるべきだと弁えている。わたしの愛してるなど、健一には必要の無いものだから。

「たしかに、似てはないかもなあ」
「でしょう?」
「でも、それがええやん」
「え?」
「俺は名前のひたむきで真っ直ぐなところが好きやで?」
「わたし、が」
「俺はガラにもひたむきではないからな。そういう名前みたいなやつ見ると、グッとくる」
「、そう」
「足りないところは、足りないままでええねん」

だって二人でおれば、補い合えるやろ?健一はまた微笑んだ。わたしの愛など、健一には必要でない。でも健一がそれに喜んでくれたり、好意を持ってくれるなら、わたしは無償でそれを差し出せる。その自信はある。

「なんなら、そこの教会で挙式してもええで」
「なにを言って」
「そしたら満を持して、永遠のパートナーやな」

願うなら、いつまでもわたしは健一のエネルギーに引き出されながら、細々とした幸せを噛み締めて生きていたい。それはわたしの汚い欲望でしかないけれど、健一が運んで来てくれる世界はいつも新鮮で輝いているから、それを望んでしまう。わたしの野望。あなたが思うよりも、莫大で痛切な、わたしの希望。

「きっとその絵は、絶対描けない」
「なんでー?」
「綺麗すぎて、絵の具や鉛筆なんかじゃ追いつけないもの」

人生の僅かな一コマがあなたと重なっただけでも幸せなの。それ以上に、これから先の二人の契りを交わすなんて、そんなことしたら、きっと罰当たり過ぎて、もうこの身体は持たなくなるでしょうに。




@@紡ぎ取る隈無く





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