櫻井さんの優しい目が、ただわたしに向けられていて、ああ今日も終わっていくのだという感覚に陥る。

「どうかしたの?」
「いや、なんか」
「うん」
「櫻井さん見たらほっとしたんです」
「え、なんだそれ」
「ほんと、不意に」

人は脆い生き物だと誰かが言っていた。たしかに、わたしも例外なくふとしたことで傷つくし、突然の寂しさに涙が零れることがある。櫻井さんを見て優しさを感じたのは、少し、わたしがそんなおセンチな気分だったからなのかもしれない。突然だなあ、と目を細めて笑う櫻井さんは、一瞬でわたしに安らぎを与える。

「やめてえー。そんな変なこと言わないの、」
「え、ええ。ごめんなさい、?」
「え、謝ります?そこで」
「うん。わたしも違う気がします」
「なんだそれ」
「ううん、なんかよく分かりません」

とりとめのない話しさえ心地よい。窓から運ばれてくる夜風がすっかり秋めいて、夏の未練も何もかも消すような肌触りだったから、多分わたしは不安になったのだと思う。取り残されるのではないかという焦りや、何か大事なものを夏に置いてはいないかというあてのない気掛かりが、わたしの中でずっと滞在している。それは誰かがどうにかするものではなくて、自分で解決するしかないものなのに。

「秋風にビールって、風情ですねー」
「風情、なのかな?」
「風情、だったらいいな」
「俳句読み対決でもしますかじゃあ」
「いいですね。貴族みたいで」
「誰に判定してもらう?」
「んん、・・・じゃあ潤さんにでも」
「待って。それじゃあ名前に勝てる気がしないんだけど」
「じゃあ、宮野さん?」
「あ、もっと勝てる気しない」

自分を支える二本足がひどく頼りないことがある。その心許なさを和らげてくれるのが、いつだって周りにいる人々だから、わたしは今日も生きていられる。櫻井さんの薄っぺらい身体に、頭を預けたくなるのだって、甘えといえばそうだし、何かに許しが欲しくなっていることの表れで。

「わたしは、幸せなのかもしれません」
「え、突然?」
「今、幸せだと実感してるんです」
「あ、そうなの?」
「・・・だから、しばらくこのままでいいですかあ」
「ん?ちょ、名前」

そのまま櫻井さんに身を委ねた。その後にわたしに齎される恩寵が、あまりにも保証されているから、ゆっくりと瞼がおりて、やがて意識を手放すのです。

「・・・困った子ですなあ」

夜。誰も知らない、わたしだけのもの。




(センチメンタルな夜には櫻井氏しかいないと思いまして∵∵∵∴)

@@微睡む夜





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