じゃあどうしたらいいの、と名前が嘆いた。その理由が良く分からなかったから手を伸ばすと、名前はその手を跳ね除けてしまう。

「え」
「えぐには分かんないよ、」
「名前?」

ぐだぐだと会話はまとまらず、名前は再び布団を被り直す。風の音がうるさい。ごおごおと音を立てて窓を揺らすただその音だけが、俺らの中で木霊している。

「名前ちゃん、こっち向いてくれませんか?」
「・・・いや」
「名前の顔が、見たいなあ」
「、やだ」
「さっきピザ頼もうって言ってたじゃん。食べない?」
「・・・食べる、」

世界が回る。雲がぐるぐると回って雨風を起こしていくように、俺らの間にはいつだって噂が巡る。あの子がああだ、あいつはどうだ、おまえはそうだ。気にしたら負けなのか、気にしないと痛い目みるのかは、実際になってみないと分からない。だから面倒で、俺は嫌い。

「チーズたっぷり?ベーコン?」
「・・・これ。シーフード、」
「おっけーわかった」

名前の周りにはいつも嘘が練り歩く。そして、間に受けて名前は泣く。気の毒だ、と思う。でも可哀想だと同情したことは無かった。たとえ、少しの八つ当たりのようなものをされても、それは俺が彼氏だからされる特権であって、可愛いなと思える程度のものだったから。

「えぐ、さっき、ごめん」
「ん?いや、いいですよーべつに」
「・・・ありがとう」
「珍しいね今日は泣いてない」
「え、珍しい?」
「うん。泣き顔も可愛いけどねー」

窓ががたがた揺れる。名前は何言ってるのとふわふわ笑う。彼女は、仕事場では恐ろしい程落ち着いた女であるから、だから泣いた顔を見れるのは俺しかいないのだ。そのせいで、見るたびにどうしようもない支配欲を感じてしまうのは、自然の摂理というか一般常識というのか、ごく当たり前のことであって。

「えぐは、優しいね」
「うん。でしょう?」
「でも、怖くなっちゃう」
「えー?、」
「だって、いつまで優しくいてくれるか不安になっていくじゃない。このまま続けば、続くほど」
「え、そうなのー?」
「不安。えぐの優しさを無くすことが」

不安だというその口が、俺を求めているような言葉を吐いた。そんなもので良ければいつでもあげるよ、とおでこをくっつけて笑ってみせれば、名前は少し恥ずかしそうな顔をして、えぐ、と呼ぶ。

「ピザはいつ来るの?」
「ちょっと時間かかるって、40分くらい」
「じゃあその間だけ、ベッドに行かない?」
「え、なにそれお誘い?」
「寒いから。えぐ、あっためて」

お願い、とつけ上がるような言葉で俺を翻弄させる。拒むことなく、了承の意で口付けをした。柔らかい感覚が俺を包んで、それから微温い熱を与え合う。

「不安なんか、思わなくていい」
「え?」
「俺が離さないから、そんな心配しないでいいよ」
「、ずっと?」
「うん。ずっと」

このまま、重たい愛で沈んでしまおう。俺の愛に、名前が救われるのであれば、その降りかかる災難さえ悪いものでなくなる。それは、ふたりを繋ぐ確かな理由になり得る。

「ありがとう、えぐ」

だから、ありがとうは少しこそばゆかった。それがばれないようにキスをし直して、全部の真相を深い吐息の中へ埋めてしまった。



@@ずるくない





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