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「サイトウタケル、48歳。職業・ホテル(CORNER)のオーナー。五年前に起きた横浜一家殺人の犯人。自分に関わった奴は徹底的に殺している為、余罪は他にも多々あると考えられる。今回の依頼は、ターゲットの殺害と証拠として写真に収めること、店を火で燃やすこと。金はたっぷりいただいてる。容赦なく殺すんだな」


そこに光はいつもなかった。影が生んだ殺し屋ーー【The darkness】
男4人に女が1人。今日もなんともない夜が彼女らを包み込む。

木「お、おれ、やっていい?」
「木兎異議なーし」
黒「紫那、今回は順番的にお前だ。木兎とペア、頼んだぞ」
「べつに木兎1人でも、」
黒「どんな依頼も必ず2人以上、…ってルールだろ?つべこべ言わずやれっつーの」
「…最悪。よりによって木兎、」

きらびやかな街の一角。細い路地裏を抜けたその先の赤い煉瓦造りのカフェ&バー。"CLOSE"と掛かったその扉の奥に小さな灯りにゆらゆらと揺れる人影はあった。

月「お疲れさまデース」
木「俺とが不満なんですか!」
「せめて赤葦かツッキー」
月「俺パス」
赤「僕も、」
黒「今回のターゲット、かなり狂暴っぽそうだし木兎とおまえで片付けてくれた方が助かるワケよ。わかった?」

いつの間にか非常は日常となり彼女達を消費していく。飲み込まれていく黒のスピードも、ただ身を任せてしまった彼女らには到底解せず、流され、世界は一気に闇を生んだ。

せまい、そして果てしない闇夜にしか、彼女達は生きることが許されない。


▽▽▽


「ヘイヘイ、にしても洒落たレストランだな」
「ほんと。離れに自宅があるの?」
「みたいだな。なーんとも繁盛してる、って感じだな」
「…皮肉な世界ね、」
「まあそうだな」

すべて世界は脆い。ちっぽけな世界も大きな世界もやがては壊され、新たなものが生まれる。そこで小さく息をして存在を確認したところで、その一分後に私が生きている保証はどこにもない。

「人殺しもバレなきゃ大出世だかんなあ。…狙い、この廊下の先」
「そうね、…ラビ。あとは任せた」
「援護は頼んだぞ?」

必要ない癖に、と悪態をつきながら二つ返事で了解の意を返す。ギラギラとした目をしながら、木兎がターゲットのいる部屋に入り込むと、それから一瞬の物音と銃声が立て続けに聞こえた。静けさだけが漂う深夜。またひとつ、あったものが嘘みたいに消えていく。

「ラム」
「おつかれさま」
「寝てたから一瞬だったぜ」
「あんまり早いからタバコも吸えなかった」
「お前危機感なさすぎ」
「ラックには秘密ね」
「へいへい。じゃあ証拠取って燃やすぞー」
「りょーかい。わたし写真」
「はいはい俺はガソリン撒き散らしますよー」

大量殺人犯だって、死ぬのは呆気ないほどの一瞬だった。いつだって始まりと終わりの差は極端で、始まりの輝かしさと終わりの弔い。スタートの勢いとエンドの失速。終わりにはいつも光が灯らないのは、きっと最期というのがどこか醜いからだと思う。

ぽっくりーーその擬態が似合う、人の死に様も動揺に、酷く醜い。

「ラムーおわったか?」
「終わったー。帰ろ」
「よおし。依頼終了」

裏口に回って家を出る。吸っていたタバコをガソリンまみれの床に落とせば炎は一瞬で広がり、やがてすべてを飲み込んでいく。

「明るいなー」
「ほんとに」
「目がチカチカするぜ……あ、」
「、ん?」
「みてみろよ、任務開始からただいまジャスト10分」
「…ほんとだ」
「うっへー俺様すげー」

轟々と燃える火はやがて周りの人々によって消されるのだろう。まだ、ほんのり感じる熱を背中に受けながら木兎が呑気なことを言う。いつもと変わらない、これが私たちの日常だった。

「すごいすごい」
「そーじゃねーだろラム?」
「はい?」
「今回の依頼は誰の任務だった?」
「 わ た し です」
「遂行したのほぼ俺じゃねーか。はい、ご褒美」
「そんなのない」
「そーゆーこと聞いてない。おれは見返りがほしいわけ、」

任務完了、とクロに終わったことを伝えるメールをしていると、突然何もなく歩んでいた木兎の足が止まる。間に合わずにぶつかって、ごめんと口から出た時には既に掴まれていた右手。そして、そのまま誰も通らない路地裏に時刻は午前3時半。人気なんてどこにもない。

「キスさせろ」
「は?なに盛ってんの、」
「うっせ。拒否権なし」

掴まれた右手は少し痛かった。離して、と言おうにも既にスイッチが入ってしまった木兎になす術はなく、後頭部を支えられたまま微温いキスが滑り込んでくる。

息継ぎできないように深く深くなっていくキスに頭がぼうっとして、つい、掴まれていない左手が木兎の黒スーツの襟を握り締めてしまう。

「ぼ、ぼく、…と」
「…その顔えっろ。続きは帰ってから、な?」
「むりぃ…きつい、」
「紫那ちゃん、そんな事言えねーよ?今日はぜーんぶ俺のいう通りだから、な」

その時、下半身にすらりと木兎の細い指が伝う。'紫那'と本来の名が戻った時、すなわちそれは本日の任務が全て終わったことを指していた。先ほどまでターゲットに向けられていたはずの、ぎらりとした眼差しがいつの間にかこちらを向いていた。その目をずっと見ていると私は死んでしまうのではないか、と錯覚する程、私はその目が怖い。

「…痛く、しないで」

ーーああ、逃げ場がない。ほくそ笑んだ横顔を見逃すことも出来ず、月明かりが2人を捉える。これが太陽だったら私たちは生きられない。馬鹿みたいに滑稽すぎる、本当のことだった。



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