07


「ご指名ありがとうございます」
「君がええと、新人の」
「はい、sakuraでございます」

窮屈なドレスを着たのは久しぶりだった。次のターゲットがよく出入りするクラブの潜入調査。その男が来るようになって著しく繁盛し出したらしいこの店は、馬鹿な男と自己満の女で溢れてなんだか吐き気がした。

「お隣り失礼します」
「新人にしては、落ち着いてるね」
「そうですか?違うお店で働いていたことがあるので、仕事には多少慣れているからかもしれません」
「へえそうなんだ」
「でも本当は緊張してるんですよ?ほら、」

35歳。大手事務所の社長息子らしい彼は、それこそ親の有り金で生きてきたボンボンである。身につける時計もスーツもピアスも全てブランド物で、まるで自分を誇示するみたいに装飾された様は、見るに耐えないと思った。

「…へえ、大胆なんだ」
「いいえ。私はお淑やかだと言われてきました」
「いいね。俺嫌いじゃないよ」

ティファニーの指輪がついた右手を取って、心臓の辺りに軽く押し付ける。印象に残らないと意味がない。女は武器だ。長い髪を巻き上げて、それなりの身体や顔で相手を惹き付ける。引き換えに、ある程度の力を持たないとその後にやり返されるが。

「今度また、会いたいナ」
「それってお店以外ってこと?」
「まあ、そ」
「いいですよ。じゃあまたお店に入らした時に、」
「なに。はぐらかしてるの?」
「誘いにすぐついていく女は信用できませんよ?」
「ふうん。俺はこういう時すぐ会いたい派」
「もっと吟味されてください。わたし、を」

汚いと思う。腰に回されたその手に自分の手を宛がいながら、視線はしっかりその人を捕らえる。にたりと笑う男の顔も、ましてはそんなことをさせている自分も、気持ち悪いと言えばその通りだった。

「じゃあ次楽しみにしてるよ」
「はい、わたしも」
「色々準備しておきなよ」
「え?」
「…俺が可愛がった子はNo.1にでもすぐなれる」

耳打ちされた言葉は、この店と大きな関わりを持っていることを裏付けるものだった。頬に軽くキスをされて、その男は車に乗って消えていった。頬が穢れた気がして嫌になる。急いで擦り落とすと、少し頬がヒリヒリした。

「…sakuraさん、ご指名です」
「え?」
「あの、右奥にいる」
「紫那ちゃーーん!ここにいたの?」
「げ…及川さん」

なんでここにいるんだ、と思いながら先ほど相手にしていた男より何割増しにも整った顔の彼が目に入る。周りに集まる女の数の多さに驚きつつ、知らないふりしてそのまま帰りたいと切に思う。

「こっちおいで!」
「sakuraと呼んでください」
「そのドレス可愛い!写真撮っていい?」
「なんでここにいるんですか」
「こんなところで会えるなんて、なに?運命」
「はあ…(帰れ)」

白いスーツを着こなす及川さんは客の中で圧倒的な存在感だった。周りに集っていた女達に平謝りをしながら、わたしを横に座らせると及川さんは満足気に笑う。他の女達の鋭い視線が癪に触るが、及川さんにとってはどうでもいいらしい。

「なに、潜入でもしてるの?」
「まあそんなところです」
「俺達に頼ってくれればいいのに」
「今回は私が動く方が早いかなって思って」
「ふうん。にしても危ない仕事をよくさせるよねクロちゃん」
「これくらいどうってことないですよ」
「俺だったらさせないけどねえ」

白くて綺麗な手が、顎に沿ってなぞるように触れられた。久々の対面に上手く対処が出来ない。ぐい、と近づかれて一層縮まった距離の中で及川さんは妖しく笑う。

「俺のところにこない?」
「SEIJOですか」
「そう。危ない仕事はさせないよ」
「私こういう仕事結構好きなんですよ?」
「紫那ちゃんが好きでも、俺は気に食わない」
「随分気にかけて下さるんですね」
「惚れた女に男は弱いからね」

そんな言葉を言って、何人の女性を落としてきたんだろう。色男が放つ言葉は力があるから怖いと思う。重ねられた手を離さずに、そのまま軽くキスをされた。先程と違って嫌だとは、思わなかった。

「今日車で来てるから送ってあげる」
「そんなことしたら、みんなに怒られます」
「いいの。俺が居たいだけだから、だめ?」
「…じゃあ裏で待っててください。」
「うん。車つけとく」

夜はまだ長い。
目覚めの悪くなるような、そんな夜が私にはお似合い、だから。


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