彼女は確かに美しく、儚く

「飛、雄?」

一年ぶりの仙台の春は、マフラーがないと寒くて過ごせなかった。澄んだ空気は懐かしく、何にも害されていない新鮮な匂いだけで、故郷を感じるのは充分だった。

澤「そうか、なまえの後輩か」
田「お前も北川第一だったな」
「うん。…にしてもなんでここに、」

そして久々に見た名前に目を疑った。確かに一つ下だった後輩は、白鳥沢でも、徹のいる青葉城西でもない、烏野のバレー部に入部届けを出しているのだから。

「潔子さん、今日わたし少し遅れて部活行きます」
清「わかった。何かあるの?」
「ちょっと呼び出されてて」
菅「も、もしかして告白?」
澤「そうなのか!」
「いや、よく分からないですけど!何かあるのかなあ…」
田「うちのマネージャーに手を出すなんてどこのドイツだゴラァ?」
菅「威嚇はやめろ田中」
澤「相変わらずお前も大変だなあ」
清「何かあったら呼んでね?」
「潔子さん…!」

春に親の転勤から戻ったわたしを烏野の皆は快く迎えてくれた。みんなアットホームでとても暖かい。

徹とは、こちらに戻ってまだ一度しか会っていなかった。連絡はありえないほど来るが部活が忙しいらしく、バレー三昧だと電話で言っていた。

澤「もう1年体育館来てるかな」
菅「だいぶ早いな」
「飛雄とかバレー馬鹿だから絶対居るよ」
澤「とりあえず体育館行ってみるか。じゃあなまえ、部活があるんでって言ってさっさとこっち来いよ?」
「わかってます!すぐ行きます」
田「これは護衛で俺も一緒に行った方がいいんじゃ…」
菅「彼氏面か。お前は新入りの顔見に行くべ」
田「す、スガさん!彼氏なんてそそそんな」

いつでも自由だなと思う。1人1人が個性的でこっちに来て笑ってばかりだった。今まで三つのバレー部を見たことがあるが、どのチームにも違う雰囲気がある。仲がいいことに変わりはないけれど、特に烏野は動物園の様に賑やかだと思う。

「…、もしもし?」

1人で廊下を歩いていると、突然ポケットの中で携帯が震える。開いてみると、見慣れた名前が画面に出ていた。

"よう。生きてるか?"
「どうしたんですか黒尾先輩」
"地元に帰って寂しくしてねーかなーって思ってよ。いい先輩だろ、"
「自分で言わないといいのに。寂しくしてないですよ、元気です」
"へえ。俺がいないのに?"
「いい先輩に可愛がって頂いてるんで大丈夫ですー」
"そっちもバレー部か。んーと、その言葉は聞き捨てならねえな"

東京に居た1年間は、2年生だった黒尾先輩と研磨とよく一緒にいた。シティーボーイだけあって、慣れない都会を我が物顔で歩く黒尾先輩はチャラいが、プレーは一級者で、ブロックを決める姿がいつもかっこよかった。言った事はないけれど。

「今から用事あるので。また電話してください」
"なになに告白?"
「まあそんな感じです」
"は、まじかよ"
「まじです」
"電話繋げたまま行けば?"
「なぜにー。なんかそれ可哀想」
"なんか、気に食わねえから"

そういえば、去年のクリスマスは2人で街で過ごした。最後の別れ際まで終始何故か手を繋いでいたのは今でも謎である。帰りの電車の中が満員電車で、守られるように抱きしめられた記憶が今もなお忘れられない。徹と同じで黒尾先輩も過保護な面がある。それは研磨も言っていた。

「…相変わらず、過保護」
"は?ちがうし"
「研磨も言ってた」
"あいつそんな事言ってたの?"
「言ってましたよ、よくゲーム取られるって」
"ああ、それはな。てか過保護とかじゃねえし"
「ふうん?」
"…少なくともお前は違うわ"
「はい?」
"ま、早くこっち来い。またクソ甘いパフェ屋に連れてってやんよ"
「やったー男気!ゴチです」

研磨から聞いたもう一つの話では、クロはわたしに甘いらしい。それを聞いたところでいまいちよく分からないが、きっとこういうことなのだろう。電話を切って、次会うのは何時だろうと考えてしまう。

「…あ、裏庭いかないと」

バレー部の部員以外ははっきり言ってどうでもいいことでしかなかった。





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