冷たくて、生温い関係

「日向…大丈夫?」
日「だ、大丈夫です…すいませ、ウプッ」
「やばいやばい!トイレ!」
影「てめえなまえさんにまで迷惑かけてんじゃねええ!」

バスから降りた日向は相変わらず絶不調で、心配してもなす術はない。汚れたズボンをポリ袋に入れながら、日向を労う龍はやっぱりイイヤツだなあと感心した。

矢「烏野って、あの王様がいるところだろ?」
金「ああ影山っすか?あいつ最悪ですよ。」
矢「そうなのか?烏野ってあんま覚えてないんだよなー。ぶっちゃけ、マネが可愛かったことしか記憶にない」
金「そうなんすか?!」
矢「そうなんだよー。この前の試合でマネ1人増えててさー、2人とも美人なんだよなあー。なんかこう、危なげな感じ?あ、そういえば及川さんとその子話してたような…」
「…あ、勇ちゃん!」
金「!なまえさん!お久しぶりっす!」
矢「は、え!お前、しし知り合っ?!」
金「中学の時の先輩っす。てか、まさかそのマネってなまえさんのことっすか?」

体育館にお先に向かっていると、話していたらしい勇ちゃんに会った。徹達と一緒で青城に行ったのか、と思いつつ、最後に会った時より幾分か伸びた背に驚く。

「背、のびたね」
金「はい!1年で6cm伸びました!」
「うわあ。だって大きいもん…。あ、初めまして」
金「あ、この人は2年の」
矢「こんにちは、2年の矢巾秀です。この前の大会の時から可愛いなと思ってました。よければ今度どっか行きませんか?」
金「(い、言い切った…)」
田「おいおいおいウチのマネージャーに用ですかナンナンデスカコラ」
「り、龍」
田「なまえ、先に行くなっつーの!」

こうやって、前一緒だった仲間と今一緒の仲間に挟まれるのは何だか不思議な感覚だった。龍のなんとも言えない威嚇に勇ちゃん達に謝りつつ、大地さんが来る前に去ろうと龍を促す。

田「てめえらな、確かにウチのマネージャーはピカイチだけどな、それだけだと思ってたら、食い荒らすぞこら」
月「…やめましょうよ田中さん。エリートの方々がビビってますよ?」
金「び、ビビってねえよ!」
「月島くんも悪ノリしない」
月「先に捕まったなまえさんが悪いでしょ」
「え、」
月「のこのこ1人で先に行かない。こうやって面倒ごとになるのに」
山「つ、ツッキーは優しさを意地悪に伝えるタイプなので気にしないでください。」
月「ちょっと山口うるさい」

土曜日。3対3のミニゲームはたくさん面白いことがあった。飛雄のトスと日向のスパイク。中学の時からいまいち浮いていた飛雄が、ぴたっとなにかにハマったような、そんな気があのプレーでして、とても嬉しかった。そして、月島くんの強烈なキャラクター。相当な嫌味節だが、そのわりには目には闘志があるような、そんな気がするのはわたしだけだろうか。

龍と月島くんが勇ちゃん達に啀み合っていると、澤村さんが来て全力で龍を謝らせた。スッと何事も無かったかのように逃げていった月島くんはさすがといったところだろう。

金「よ、王様。そっちでも独裁政権強いてんの?」
「と、びお…」

勇ちゃんは決して悪い子ではない。勿論飛雄が悪い子というわけでもないが、中学時代この2人が仲良くしているのを見たことは無い。飛雄の圧倒的な技術と勝ちへの求め方。2人が合わなくなったのはきっとそれに均衡が保てなくなったからだろう。
飛雄の後ろ姿に胸が痛くなる。飛雄は悪くない。でも、勇ちゃんも責められなかった。

影「…ああ、」
「!」
金「?けっ、なんだよ大人しくしやがって」

顔を上げた飛雄は、思った以上にすんなりとした表情で歩き出した。拍子抜けしてる勇ちゃんを横目に、飛雄に向かう足が早くなっていく。龍達が背中を叩いて、それに肖るようにわたしも後ろから高い所にある肩に手をかける。のぞき込んでみると、少し照れくさそうな顔をしている飛雄がいて、こちらも何だか胸がくすぐったかった。

「勇ちゃん!」
金「は、はい」
「試合、楽しみだね」
金「うっす!」

矢「…いやあ、なまえちゃん可愛すぎるわ」
金「…矢巾さんってなかなかちゃらいですね」
矢「美人を目の前にして興奮しない男がどこにいる」
金「は、はあ…」


ーーーーーーー


清「なまえ、ドリンク任せていい?」
「わかりましたー」

試合は目に見えて日向の動揺がチームを乱していた。潔子さんがスコアをつけている間にドリンクの準備をするため体育館を出る。
戻ってくる時には日向が少しでも通常になればなあ、と思いながら。

「…なまえ、?」
「わ、…徹!」
及「やっぱり来てたんだー !」
「いなかったからてっきりスタメン外れたのかと…て、ちょっと!」
及「あーもう、なまえ会いたかった」
「ちょっと恥ずかしいので離れて!」

高い所に見えた顔は、誰が見てもかっこいいというような顔立ちで、ついでにいえば白が基調の青城のジャージがよく似合っていた。久しぶり。という言葉があまりしっくりこないのは、当たり前になっているSNSでの連絡のせいだろうか。

及「ドリンク作ってんの?」
「そうだよ」
及「羨ましい!なまえにマネージャーもっかいされたい!」
「はいはい、」
及「なんで青城来なかったんだよ、まったく」

不服そうな徹の声。青城に来いと何度言われたのだろう。岩ちゃんからも来てやってと言われたけれど、結局わたしは青城には行かなかった。それはどちらかというとわたしのわがままというか、見栄というか、摺れた気持ちがそれを認めなかったのだ。

「だって私が行ったら、なんか悲しくなりそうだったもん」
及「なにが?」
「私の知らない徹達の2年間…とか、共有できないの、なんか嫌だなあって」
及「そ、そんなことないよ?」
「徹のことは一番私が知っておきたいし。…なんてちょっとわがままだけどね、」

蟠りは持ちたくなかった。きっと徹たちは高校で有り得ないほどまた上達してて、その過程をわたしは知らないけど、知っている人が他にいて。それが少し嫌だった。他校でも徹たちとは絶対切れる関係ではないから、結局青城は選ばなかった。

及「…もう、なんでそんな可愛いこと言うの」

聞こえていた徹の声が、少し変わった。顔を上げるのと同じタイミングで、徹がわたしの手を掴む。そのまま距離がぐっと縮んで、綺麗な顔がもう目の前に来ていた。

及「ほんとにずるいこと言うね。なにそれ、俺のこと好きってこと?」
「は?違っ」
及「好きでしょ、」
「調子乗らない」
及「これってキスしても許してくれる?」
「…何言ってんの」

その容姿故か徹はどんどんこういう事が上手くなっていた。中学校の時も飽きるほどこうだったよなあ、と思い出しつつ、誰かに見られて勘違いされるのは嫌だったのでその手を振り解く。思ったより力が強く、なかなか振り解けないので徹を睨んでやると、誇らしげな顔をしているからムカつく。

澤「なまえドリンク貰ってもいい…って、ええ!」
「…ああもう、徹離してっばか!」
及「えー?…ちょっとおたく、タイミング悪いよー」
「澤村さん!すみません!今すぐ持っていきます!」
澤「あ、ああ…(なんだあれは)」

強引に手を離して、先程まで作っていたドリンクを体育館に運ぶ。遠くから、青城の後輩であろう子が徹の名前を呼んでいるのが聞こえて、早く行ってやれと言わんばかりに睨むと、徹はにやりと笑ってその薄い口が開く。

及「俺もうすぐ試合入るから楽しみにしといてね?」
「わたし、飛雄応援するから」
及「!!それはだめ!」
「同じチームだっつーの」

結局その後に、徹のプレーに見惚れてしまうのだが。






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