アンバランスで不条理

及「なまえ、これ似合いそう」
「…恥ずかしいのでやめてください」
及「なんで!似合うのに。ねえ、岩ちゃん?」
岩「及川のクソセンスだけど、まあ似合ってるぞ。買えば?」
及「クソセンスて…!」
「えー岩ちゃんがいうなら、どうしよう…」
及「俺も似合うって言ってるのに!なんで!」

先日の練習試合の後、久しぶりに出掛けようと言われて、3人で放課後デートをすることになった。何だかんだ2年程遠ざかっていたこの雰囲気は、どことなくくすぐったく感じるが、変わらず居心地はいい。

「なんかこの制服で歩くの不思議な感じ」
岩「そうか?」
「岩ちゃん達の制服、the・私立って感じがする」
及「似合ってる?」
「お似合いですけど?」
岩「お前の制服の方が似合ってる」
「…岩ちゃんはサラッとそういう事言ってくれるから大好き」
及「俺も、思ってたけどね」
「岩ちゃん本当に好き」
岩「おう、」
及「俺も言ったじゃん…!」

幼馴染みと言ったら、大概のことは許された。何も考えずに徹と岩ちゃんの間に挟まれて歩くことも、一緒に泥遊びをすることも、甘えることも、手を繋ぐことも。歳が上がるにつれて、だんだんと気にするように仕向けられて、でもそれは常識だった。常識に呑まれながら、俄に距離は生まれていった。

岩「おい、」
「ん?」
岩「勝手にはぐれるな。こっちに来い」
「…うん」

でも、こうして岩ちゃんは私の手をとって歩いてくれて、もっといえば、2人とも大男なくせに小柄な私に歩幅を合わせてくれている。今も昔も関係ない。そう言ってくれているようで、ただ、それが嬉しかった。

及「は?い、いい岩ちゃんナニシテルの?!」
岩「あ?離れそうだから手繋いだだけ、」
及「なまえはそれでいいの!」
「え、あ、うん。岩ちゃんごめんね?煩わしくなったら離していいよ」
岩「そんなことねえ。気にすんな」
及「ちょっとかっこいいからやめて!カップルみたいだからやめて、」

花「…お前らなにしてんの、」
松「お、幼なじみのなまえちゃんじゃーん」

聞き慣れない声に振り返ると、徹達と同じ制服を着た2人組がいた。たしか、この前の練習試合で見た顔である。徹達と親しいらしく会話を交わす表情は明るい。

花「俺達、この前の練習試合いたんだけどわかる?」
「たぶん、わかります。名前までは、わかりませんが…」
及「名前は覚えなくていい!」
松「俺は松川で、こっちは花巻な。噂はよーく聞いてたよ、よろしくねなまえちゃん」
「えっと…いつも徹と岩ちゃんがお世話になってます」
花「可愛い幼なじみがいるっては聞いてたけど…俺は、かなりタイプ」
及「まっきーストップ!」
岩「なまえ、いくか」
花「なに2人して俺らから逃そうとしてんの」
松「俺らもなまえちゃんとしゃべりたいなー」
及「今日は幼なじみ会だから、むり」
「え、わたしお話したい…」
岩「は?おま、」
松「よおしじゃあきまりー!ムクドナルドでいい?」
「どこでも大丈夫ですー」
松「じゃあムックねー」
花「てことで、お前らどうする?」
「「…いくわ!」」
松「(うっわーキレてる…)」

青城のチームメイトの4人はよく一緒にいるらしく、会話を聞いているだけでも仲の良さが伝わった。隣に座る岩ちゃんと、未だに繋がれている左手にもどかしく感じるが、頬杖をしてそっぽを向いている彼なりの甘えなのだろう。
触れ合うように重なる部分だけ、温もりを感じる。

花「なまえちゃんさ、なんで烏野行ったの?」
「烏野がうちに近かったので」
松「まじかー。青城でマネージャーしてほしかったわ」
花「なまえちゃんいたらやる気しかないのになー」
及「そうやってなまえを如実に口説こうとする技術やめて!」

どこか女慣れしている雰囲気の花巻さんと松川さんだが、話していてとても楽しくて、岩ちゃんと徹のチームメイトなんだなあと思う。

松「これからヨロシクね、なまえちゃん」
「今日は楽しかったです」
花「これからは、俺達もお友達ね?」
及「は!俺らは幼なじみだもんね!」
「徹達をよろしくお願いします」
及「なまえ…!」
岩「…さっさと帰るぞ、」

終始牽制をする徹を視界に入れないようにして、松川さん達と別れていく。短い間だったけど、青城の雰囲気がどことなく分かった気がした。多分、国見ちゃんや勇ちゃん達も楽しくやっているのだろうな。それは、どことなく中学校時代を思い出させて懐かしく感じた。

及「…で、いつまで手を繋いでるの」
「ん?」
岩「問題あるか?」
及「べ、べつにないけど…。俺だけ、ボッチみたい…」
「なに、寂しいの」
及「ち、ちが」
「繋ぐ?はい、」
及「…うん」

あの時は、こうして手を繋ぐ事だって当たり前だった。今では周りからすれば少し変に思われるだろうけれど、周囲の雰囲気で壊される3人の関係なんてそんなの関係ないことだ。田舎道を歩く地面に見慣れた影は、大きいシルエットの間に小さな私。
居心地がいい場所を誰が手放す必要があるのか。

「お母さん来るまで、徹んちいてもいい?」
及「あー別にいいよ」
岩「そんまま寝るなよ」
「わ、寝そう…」
及「俺はいいけど、」
岩「そーゆーところ昔っから変わんねえよなー」
「どーゆーことですか」
岩「人んちにあがり込んどいて、どこでも寝ること」
「…それは言い返せない、」
及「俺ら二人共ベッド奪われた被害者だからねー」
岩「てめえは勝手にそのままなまえとベッドでそのまま寝てただろーが!」
及「だってなまえが気持ちよさそうに寝てたもん!」

夕暮れの朱色に染まっていく空を見ながら、こうやって1日の終わりを感じるのはいつぶりだろうか。骨張った大きな手に包まれながら、ただ幸せだなあと感じた、夏の放課後。









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