全てを過ちにできない

「…うっわ、寝てた」

何の予兆もなく急に目が覚めると、いつもと全く違う部屋の外観にびっくりした。すると隣から規則的な寝息が聞こえてきて、もしかしてと良からぬ予想が付いたが、見えた答えは案の定それと同じだった。

「と、徹…」
及「…ん、なまえ。起きたの?」
「わたしいつ寝たか記憶がないんだけど」
及「んー、俺もしらね…」
「徹お願い起きて、」

グズる隣の男は相変わらず顔が整い過ぎていて怖くなる。未だに寝ぼけている徹を揺すりながら起こすが、朝が弱いらしく気持ちよく起きてはくれない。

及「なまえも寝よー」
「無理だよ馬鹿」
及「朝から元気だな…、っしょ」
「ちょ、ちょいちょい徹!」

よりによって昨日の帰りに忠告されていたことをしてしまうなんて…と後悔していると、一瞬で伸びてきた徹の腕。ふかふかとした徹の匂いが強い布団の世界に引き戻されて、抗おうにも筋肉質な彼の腕から逃れられない。

及「…捕まえた、」
「離せ」
及「朝からなまえと一緒とか幸せすぎてやばい…」
「もう、いいから!」
及「んーあと少し…」

首筋に徹の吐息がかかって、くすぐったくなる。お腹の周りに回された手は到底私の力でどうにか出来るものではなく、されるがままに抱きしめられるしかない。

及「やばいちょーいい匂いする、」
「あのさ、今日学校だよ」
及「6時でしょ?まだ時間ありすぎ」
「準備させてくれまセンカ」
及「無理」

中学まではこうやって徹の部屋に入り浸るのも特に珍しいことではなかった。徹達が高校1年に上がってもなお、岩ちゃん家にも徹家で過ごすことが当たり前になっていた。

当たり前だったから関係を急いてしまったのかは分からないけれど、わたしの中で徹という存在は当たり前に側にいる人だった。それはもちろん岩ちゃんも同じで、

「…なんか、久しぶりだね」
及「まあそうだね」
「徹が大きく感じる」
及「なまえはずうっと小さい」
「それはそうだよ」
及「ほんとに離したくなくなる、」
「い、いい加減離し」
及「昔みたいなこと、する?」

私たちは幼馴染みだった。それは今も昔もこれからも、ずっとそう。だけど、徹たちが高校生になって出来た一瞬の距離があの時恐ろしく怖くなった。お互いに怖くなって、会えない時間に少し妬いた。そしてそのラグを埋めるようにして、初めて2人の身体は、重なった。

「しませーん」
及「は、なんで」
「なんでってコッチがなんでなんですけど」
及「…ダメ?」
「うんだめ」

私と徹は変なところが似ている。何かにつけて人を見定めてしまうことや、それ故に考えすぎてかえって自分が傷ついてしまうこととか。お互いにそれを隠して、隠していることを分かってしまう。寂しくないふりをして、それが相手に伝わってしまう。
だから、それを埋め合うように徹はあの時私を抱きしめてくれたのではないか、と勝手に思う。

及「はああ…仕方ないなあ」
「離してクダサイ」
及「いや」
「近い」
及「近くない」
「本当に学校遅れるよ?」
及「遅れない」
「なにそれ、 」
及「…学校いきたくねー」

視界いっぱいに徹の顔が映って、抱きしめられていた手で、なんとなく頬に触れられる。優しい目にドキっとした。そのまま微笑んで、首筋に顔を埋められて凄くくすぐったくなった。とにかく徹の香りが纏わりついて溺れるような感覚に陥ってしまう。

岩「及川ー!朝練だぞーーっ!」
及「うげ、この声岩ちゃん…!」
「キレてない?この声」
岩「なまえもいんのか?!早く起きろぼけえ!」
「ば、ばれてる…!」
及「もう、岩ちゃん空気読めないんだから」

徹と私の距離は近い。
近すぎてどうしようもないくらい優しさが煩わしい。不安になったところで、飽きる程慰めてくれるというのに、私は徹の腕にしがみつくことしかできない。

及「なまえ、行こっか」

徹の身体は、堅くてずっと大きかった。


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