「珍しいね」
「え?」
「そのワンピース」
「ああ…そう?」

映画館を半ば途中に出て、私たちは達央の車をギシギシと揺らしながら、身体を重ねた。吐いた吐息の分、感度が鋭く達央だけを捕らえていた。その腕に抱かれながら、彼の全てを受け入れている気がして、あの日ほど幸福が満たした夜を、私は知らない。

「だって、もう春だもの」
「ん」
「これに合わせて新調したの。似合ってる?」
「…まあ」
「よかった、」
「足出しすぎだけどな」
「その為に少しダイエットしたのよ?」
「しなくていいだろ。座る時足にこれでも掛けなさい」
「悠一は」
「俺はいい」
「じゃあ、いただく」

新しい一大作品の顔合わせも兼ねた決起会は、ある程度のパーティーのようなもので、今日はそれに合わせた格好をしていた。悠一の服を一緒に選んでから家を出た。主人公を務める悠一は、どんどん中心に通されて、彼は居心地の悪そうな顔をしている。目配せをすると、苦虫を噛んだような顔で応える彼をなんだか愛らしく感じた。

「あの、喫煙所は? 」
「廊下を出てお手洗いの隣です」
「ありがとうございます」

着飾るのは嫌いではない。だが、はっきり言うとこういう場所は息苦しい。悠一も離れてしまったので、静かに会場を出た。廊下の窓から見える月は、微妙に欠けている。

「どうも」
「…あ、福山さん?お久しぶりです」
「久しぶり」
「中村さん、もう来られてますよ」
「あ、そうなの…なんか今日いつもと雰囲気違うね」
「そうですか?」
「うん綺麗」
「、ありがとうございます」
「いいえ」

スーツを着る福山さんも随分普段と雰囲気が違う。いつもに増して紳士な彼からのお世辞を、嫌味なく受け取った。話しながら、携帯を確認する福山さんの表情が不安そうだった。前までこういう顔をする人だっただろうか、と疑問に思う。まるで誰かを想うような、そんな顔は、あまり彼には似合わない。

「なにか、連絡を待たれてるんですか」
「え?…ああ、いやーその」
「?」
「まあ、そんな感じ、かな」
「女性?」
「よく分かるね」
「女の勘です」
「敵わんなあ」
「珍しいですね福山さんが梃子摺ってるみたい」
「、そんなことも分かっちゃうのね、女の勘は」

何かを想う人の顔は大抵皆似ていて、不安に駆られて、でも何かに焦がれたようにそれを見つめている。私もきっとそうであるように、誰だってないものねだりをずっとしている。最も、自分は強請っても行けないようなものをずっと願っているのだが。そういう人間の顔は、大体不満そうで大方魅力に欠けている、と思う。

「そう見えるだけです」
「まあ、捕まえたいわけじゃないんやけど」
「…」
「ただ、守りたいなーって、思ってるだけ」
「、相変わらず紳士ですね」
「あら。そう?」
「はい素敵です」

福山さんのはにかんだ笑顔は、少し私にはキツくて、ああ世界が違うのだと思った。きっと彼に思われている女性も同じように、真っ直ぐで優しい人なのだろう。私とは相対するような、太陽の下で、キラキラと微笑むことのできる、そんな人。

「じゃあ、また会場で」
「はい。宜しくお願いします」

何故か煙草は1本では足りないような気がした。

あんなにまともで純粋なものを見てしまったら、自分は惨めにしかならないではないか。汚れきった私には、もうどんな受け皿もなく、下に下に降るばかりで、救いようがない。

「…っ、」

許されない。手も足も出ない、私はそんな恋をしている。

「…愛人?」
「悠、一っ」
「なに、その顔」

突然掴まれたのは悠一の腕だった。ここにいていいのかという疑問より先に、思わずその腕にもうしがみついてしまった。心臓が、潰されたよう。あんなにあの日は満たされていたのに、達央は自分のものには出来ない。手を出されたその日から、そんな結末など分かっていたはずなのに、私は今、こんなにも苦しくて、痛い。

「愛人」
「1人に、しない、で」

悠一が手を引いて、2人は影に隠れた。それから悠一の身体が私を強く抱きしめた。私は必死にそれにしがみついて、それから悠一の唇を何度も何度も啄んだ。お酒の匂いがした。そして、後から塩っぱい味でいっぱいになった。私の心は、これでもかというように、もうボロボロと崩れそうだった。

「、っ!ごめんなさ、」
「…いい。喋んなくて、」

悠一は全部分かっているように、何も聞かなかった。ただ私をワレモノに触れるように優しく抱きしめて、私はその腕の中で泣いた。




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