終わりの社で始まる夜
ある日首領ボスの部屋に呼び出された、後に双黒と恐れられることになる二人。互いのことは年齢も同じな所為か知っていたし、相性が悪いながらも其なりに付き合ってきた。方や首領が手塩をかけて育てた寵児、方や組織内では名の知れた紅葉に育てられた体術使い。
別々の任務に行くことは今まで多くあったが、こうやって二人揃って呼び出されたということは共に任務に赴くことになるのだろう。太宰には確信があった。

―――そして、その予感は的中することとなった。孤島に隔離された異能力者を生きて連れ帰れ。其れが二人がコンビとして与えられた初めての任務だった。

・・・

鬱蒼とした森の中、崩れた石段を上る太宰と中也。聞くところによればこの孤島全体が一つの社だったらしく、今でもその名残を色濃く残している。石道も灯籠も鳥居も。典型的な日本の怖い話に出てきそうな妙な雰囲気だ。

「中也。」
「あァ、あからさまだな。」

寂れた島の中では浮いた拝殿。頻繁に人の出入りがあり、小綺麗に掃除されている。そっと壊れた遊歩道から茂みに身隠し拝殿の様子を伺えば、そう時間が経たないうちにギッと木のしなる音が聞こえて拝殿の扉が開く。
大きな扉に隠れて出てきたのは子供、まだ齢十にも満たない黒い着物を着た少女だった。目配せをして太宰はその少女に近づいた。

「やあ、お嬢さん。こんなところで何してるんだい?」
「!?あ、あなたこそここで何を……。」
「拝殿の中に用事があってね。悪いけど中に入れてくれるかい?」
「其れは為りません。あの方は神様への捧げ物で決まった人以外と会うことは―――。」
「みたいな建前で隔離していることは知っているよ。その人は異能力者で村で忌み嫌われ、挙げ句都合の良いように使われた。」
「……あなたは、一体――。」

「おい、遅ぇぞ。太宰。」

誰なんですか、少女はそれ以上言葉を発することはなく地面に崩れ落ちた。その向こうには眉間に皺を寄せ短刀ナイフの柄の部分を突き出していた中也の姿。柄を使って背後から昏倒させたのだ。恐らく、他にこの島に人がいないと判断したからなのだろうが――。

「はぁ、莫迦かい君。何か無いかと話していたのに……。」
「なんも出ねェよ。そんくらい手前にだって分かるだろ。」
「大事な村視点の話だったけど、仕様がないか。――却説。」

半開きの扉の奥。ほとんど明かりのない暗い室内が見てとれる。僅かに耳に届くのは鎖の接触音か。中也は短刀ナイフを構えたまま先を行く。塵一つない部屋の中は中央に一本の蝋燭が立ち、その後方には祭壇。そして、その前に銀と赤の二色の髪色をした子供が鎖に繋がれて座り込んでいた。ゆらゆらと揺らめく炎は赤い着物を映し出し、白玉のついた簪は時折きらりと光っている。
子供は知らない人が侵入したことに漸く気が付き、ゆっくりと振り返った。

―――黒と赤の瞳とかち合った。白目が真っ黒に染まり、そこに一滴落ちたかのような血の赤は不気味意外に表現の仕様がない。口元に巻かれた黒い布と陶器のような肌の白さが一層人間味を失くしている。

「お外の方ですか。」

抑揚のない、小さな声が届いた。布の所為か少々籠もっているが確かに目の前の子供――少女の声だ。

「そうだよ。君は異能力者で間違いないね?」
「そうであると、聞いています。」
「じゃあ間違いねェな。着いて来て貰うぜ。」
「ああ、漸く処分が決まったのですね。それは重畳。」
「まあそうじゃないんだけどね。――中也。」

自身を連れていく、そう云った二人に別段驚くでもなく素直にその言葉が落ちた。どうやら村で決まった処分だと思っているらしいが、実際はそうではない。
太宰の呼びかけに呼応するように中也は蹴りだけで鎖を壊す。手足に届く衝撃に肩を揺らし、そして体から漏れ出す赤を見つけた。
血が流れるなんてものじゃない。意志を持つかのように空気中に血液が浮き、何かの形を成そうとしている。明確な何かに成る前に、と太宰は少女の肩に触れた。案の定能力だった其れは太宰が触れたことで霧散し、異様な目の色も徒の赤に戻る。

―――多重異能力者?太宰の頭をその言葉が過ぎった。可能性としては確かに聞いたことがある。広い世界で異能力者の数だってそれなりにいるのだから、そんな稀な存在だって居ても可笑しくはない。

一度思考を其処で止め、少女を背中に担ぐ。全部聞くのは戻ってから幾らでも出来る。

「君は誘拐と云う言葉を知っているかい?」
「……知識としては。」
「じゃあ其れだと認識してくれ給え。私たちは隔離された君を連れ帰れと命令されてね。」
「おい、太宰。」
「なんだい中也。首領ボスがこの子をどうするかなんて君にだって分かるだろう?全く、少しは考え給えよ。やっぱり莫迦だね。」
「手前っ!?」
「……とても、悪い人には見えませんけどね。」
「おや、人は見掛けに依らない。例えば――。」

「こんな事が出来る。」少女を背負ったまま抜き出した拳銃で、拝殿前で話した少女を撃ち殺した。乾いた銃声、地面に咲く赤い花。太宰の後ろで息を飲むのが分かった。何方にせよこの結末は変わらないが、目の前で殺す必要性を感じていなかった中也は大きく溜め息を吐いた。脅しなどせずとも従順、敢えて恐怖を煽って混乱させずともいいだろうに。

「…まァ、俺たちの顔を見た時点で船で行き来出来ずとも殺されてたぜ。」
「君は彼女に思い入れがあるのかい?君を忌み嫌った村の子供だろう?」
「……でも、村に居ることに賛成してくれた子だから。だから、一緒に連れてこられた。」
「ならば尚更、これで善かっただろう。どの道村人に見つかれば酷い目に合っただろうからね。」
「そう、かな。」
「そうだろうさ。せめて楽に、彼女にとってはある意味幸せな結末だろう。君の傍で死ねたのだ。」

倒れた少女の帯には、同じ簪が刺さっていた。二人だけのこの場所で険悪になることなく良好な関係を築けていたのだろう。そして、どんな感情を抱いていたにせよ、仲の良い少女に見届けられながら息絶えたのだ。村に帰って酷い扱いをされるよりよっぽど天国である。

「ところで、君の名前を教えてくれないかい?流石に不便だよ。」

遺体を大して気にせず、太宰は歩き出す。歩きながら背後の少女にそう聞いた。中也は彼女が受け答えるより先に口元に巻かれた布を解く。無意識ながらも発する言葉を聞き流さないようにと。

「……悠月。神帰、悠月。」


―――――斯くして、ポートマフィア幹部補佐に異例の年齢で着くことになる神帰悠月の終わりは明けることとなった。