夜の汚い煌めきと赤碧
絢爛で醜悪な夜の時間。月夜に行われるのは宴会パーティーだ。富豪の集まる其れは、要するに密売の温床。正直ポートマフィアとしては放っておいても良かったはずだったが、来賓の中にマフィアの倉庫から盗んだ麻薬を売り捌いて大金を手にしてる阿呆がいるらしい。

……なんて話を太宰から聞いた悠月は溜め息を吐く以外選択肢はなかった。悠月の執務室で然も当然のように寛ぐのは歴代最年少幹部にして、彼女をこの役職に任命した人物でもある。齢十二で組織内でも上から数えられるほどの地位に立つとは正直思ってもみなかったが。

「また後で呼び出されると思うんだけどね。」
「…潜入ですか。」
「うん。しかもその阿呆が幼女趣味なんだって。」
「なんだ首領ボスですか。それじゃあ私と汐乃に回ってくるでしょうね。…はぁ、潜入あんまり……。」
「好きじゃないのかい?それこそ汐乃ちゃんは嬉しそうにやるじゃないか。」
「死んだ目は変わりません。……その代わり”お人形遊び”が好きな方には大層喜ばれます。」
「悠月ちゃんが人形趣味に遊ばれるのは私見たくないよ。ほら、おいで。」

執務机で書類作業を熟しながらソファに転がっていた太宰の方へ顔を上げつつそう話す。”お人形遊び”とは要するに生きた人間を綺麗なまま殺して愛玩する趣味の持つ人間のことだ。悠月が人形趣味の男ドールマンに気に入られた姿を目撃していた太宰は苦い顔をしている。
そして転がっていた太宰はソファに深く腰掛け、悠月に向かって包帯だらけの両手を広げた。未だ執務机から動いていなかった彼女へ、不機嫌ながらも綺麗な笑みを携えて飛び込まれるのを待っている。
また溜息を吐く。こういうことにおいて強情な太宰は悠月がその両手に収まらなければずっとこのままだ。そして無言の圧力で悠月が根負けして抱きつくのはいつものこと。
こつん、と豪華な絨毯が敷かれた床を踏んでソファで待ち構えている太宰の腕に倒れこむように飛び込んだ。座っても尚高い位置にある肩に額を着地させ、もぞもぞと靴を脱ぎソファに上がった。無造作に投げ出された、爪先が硬質な金で縁取られたお洒落な靴は持ち主を失くしてぽつんと転がるだけ。

「んんぅ……。」
「まるで私が甘えてるみたいに見えるだろうが、実際は悠月が甘えているだけだね。」
「うん……。太宰さんの腕の中気持ちいい……。眠い…。」
「ええ?寝ないでくれ給えよ。直、首領ボスから呼び出されるよ?」
「うん……。」
「……さては聞いていないね?ちょっと〜、悠月〜。」
「聞いてる……。ん、きいて……。」
「…あれ?本当に寝ちゃったのかい?嘘だろう、私が怒られてしまうよ……。」

ソファに両足を上げ、片足を立ててもう一方を畳んで座っていた太宰の座り心地のいい場所を見つけた悠月は立てた足を背もたれに完全に寛いでいる。足を目一杯伸ばし、胸板に頭を擡げている様は骨抜きにされた猫のようだ。悠月は座っている太宰を見るとそれがどんな椅子であれ取り敢えず座ってみる習性があるが、だがその凶暴性は群を抜いている。なんて、図鑑に書かれていそうなことを思い浮かべながら完全に眠りについてしまった光を受けて輝く白銀と毛先を血で濡らしたかのような赤い頭を優しく撫でた。

未だ幼いながらも美形な二人はこの豪奢な部屋と相まって、まるで絵画のようだ。太宰の仕草は甘える恋人を存分に甘やかすかのよう。慈愛に満ちた優しい目で愛おしそうに腕の中の悠月を抱く姿は実に幸せそうだ。暗闇で生きていた人間には手の届かないもの。この世界に入ってしまえば、そんな幸せ手に入らないと太宰は思っていた。
……それでも、今自分のかいなには確かに愛する人が眠っている。二人の年齢からすればその関係を築くには早過ぎるものだろうが、それは陽の下を生きる人間の話でこの二人は当て嵌まらない。齢に見合わない過酷な世界で生きてきた所為か精神年齢は齢をとうに越している。

悠月の寝息と少し高い体温は太宰の睡魔を連れてきた。作戦会議が何時になるか聞いていない。早く連絡しないほうが悪い。鴎外にする言い訳をあれこれ考えながら微睡に落ちることにした。


・・・


「あ、お姉さま!着替え終わったね!」
「うん。汐乃可愛いね。」
「お姉さまもね!それに、幸せそうに寝てて会議を欠席するなんて面白いなぁ。」
「大丈夫。太宰さんが猛攻撃して、首領ボスも笑ってたから。でも仕事はちゃんとやるよ。標的ターゲットもちゃんんと頭に入ってるし、会場の詳細見取り図も記憶してる。」
「『果てなき目録』様様だ!頃合いで太宰さんは来るらしいよ。中也さんは今日は別任務らしいし。」
「誘惑して別室に連れて行った後赫子で仕留める、みたいな段取りでいいかな。」
警備体制セキュリティが結構厳重だから消音器サイレンサーあっても発砲音は抑えたいもんね。私は見張りに徹するから安心して殺っていいよ。」
離脱ジャック・アウトは太宰さんの指示だけど、汐乃も出せるように見計らっててね。」
「うん、任せてよ!」

会議室に揃った、組織内では一際目を引く二人の少女。結成から一年も経たない二人組コンビだが、その成績は他の追随を許さない。個人成績に於いても頭一つ抜けていてる二人の組み合わせは最高だ。銃火器の扱いに長けている汐乃は能力と相まって中遠距離型。対して悠月は近距離に特化しつつ、幅広い範囲レンジに対応した万能型。加えて優秀で絶対な記憶と叩き込まれた戦術理論を駆使して作戦まで組み立てられる。
この二人組コンビだけで一個大隊より強力な力を発揮する、マフィアの現在最大の矛だ。

その二人は華美なドレスを身に纏い、幼い雰囲気を壊さない程度に化粧が施されていた。自身の髪と同系色のドレスはどこか双子のようにも思える。赤と青は反対色であり、同時に対でもあるためそう見えるのだろうか。

互いの手をぎゅっと握りしめ、裏口から待機していた車に乗って会場へと向かうのだった。