ゆらゆらと揺れながら三年間乗り降りした駅。
毎朝の満員電車も悪くはなかったなんて思うようになった。

駅から学校までの道のりも
途中見かけるパン屋さんやお弁当屋さんの匂い。友達と何気無い話をした公園も、毎日通ったうるさくてバカみたいなこの学校も、もうすぐ見られなくなるんだなって思ったら

「遅刻しました」

「お前本当バカな」

いいから早く席につけと付け足して呆れるのは私の担任で銀髪がきれいな天然パーマの銀八先生。

「まだ進路も決まってねーし定期テストだってこれからだってのにそんな心配しないで遅刻癖をどうにかしろお前は。あと化粧もやめろー」

「はーい」

「ったく、本当にわかってんのかよ…」

頭を抱える先生を無視して席につく。ここに来る途中にコンビニで買った朝ごはん代わりのパンを口に放り込む。

「あら、おはようなまえちゃん」

後ろで真剣に携帯を見つめながら声をかけたのは志村妙。

「おはよう。何見てんの?」

「占いよ。ところで、そのパンの食べカスが私の机に落ちてるのだけど?」

「ごめんごめん、美味しいよこのメロンパン。一口いる?」

「いいの?じゃあもらおうかしら」

パンを千切ることなくそのままがぶりと一口。これが普通なのか普通じゃないのかは考えたことはないけど、私たちの間ではこれが当たり前。遠慮なんていらない。

「お前ら女子同士だからいいけどよー、もし男女だったら先生許さねーからな。あとそのメロンパン先生にも一口食べさせなさい」

「僕らも見たくないのでやめてください。それより話を進めてくださいよ」

「いちいちうっせー眼鏡だなぁ…仕方ねーから話戻すけど、そろそろ定期テストがある。お前らにとっては大事なもんだし夏の合宿もあるからしっかりやれよ、以上」

HR終了ーと言うようにそそくさと教室を出て行こうとする先生を新八君がまたも呼び止める。

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ夏の合宿って何ですか?」

「あ?夏にクラスで集まって勉強すんだよ、他クラスの連中もだけど。めんどくせーけどうちは学費は有り余ってるからな、それを使っていくんだとよ」


「いや、何ぶっちゃけてんすかそんなこと」


「それって、旅行ってことアルか!?」

眼鏡の奥の青い瞳を輝かせる神楽は机に身を乗り出す。

「そんなもんだ。但し赤点とった奴は行けないけどな。まぁうちのクラスはバカばっかだから行けたとしても他クラスより課題は死ぬほど出されると思え」

「課題なんて知らないネ!ひゃっほー!」

「海の家って短期のバイトやってたりすんのかな…」

「も、もしかして、お妙さんの水着が見れる…!?」

「海のもくずにしてあげますよ近藤さん」


等と、先生が教室を去ったあとも課題をやるための夏の旅行の事で話題は尽きなかった。
この時期に旅行だなんて、しかも課題付きだし。そんなことしてたら楽しくて課題どころじゃないじゃん。と、なんだかんだで私も夏の事を楽しみになっていた。勉強頑張ろう。

食べ終わったパンをビニール袋にしまい、学校の自販機で買ったコーヒーミルクのパックにストローを差し込み、コンビニで一緒に買ったお菓子の箱を開ける。今日のお菓子は最近新発売されたチョコレートのお菓子。女子は新発売されたものをよく好むというけど本当にその通りだと思う。


「なまえさんはよく食べるね」

最初の一口を食べようとしたところに初めて前から優しい声が聞こえた。


「え?あ、えっと山崎くんだっけ」

「えっ!俺の名前わかるの?」

そりゃあ前の席だし名前くらいは覚えているけど、ひどく驚かれた。

「うん、苗字だけだけどわかるよ」

「嬉しい…俺地味だから絶対知っててもらえてないと思ってた…」

若干涙目で話す山崎くんは確かにクラスの中では地味な方だっけ…と思い返しながら指で持ったままのお菓子を味わっていると、山崎くんが顔をあげて意を決意したかのように口を開いた。

「僕と友達になってください!」

「うん、いいよ」

「えっ!?」

これもまた信じられないと言う顔をされた。

「いいの?本当に?」

「うん、私はいいけど…」

「じゃあ、アドレス交換し」

「やめときなせェ、地味がうつるぜィ」

そう言って横からお菓子を一つ奪っていったのは私がクラス内で一番気に食わないやつ。

「お、沖田さん…!ていうかなんですか地味がうつるって」

「そのまんまの意味でィ、なぁみょうじさん」

「ていうか、人のお菓子勝手に食べないで」

こいつだけは受け付けない。
自分の欲のまま生きてるって感じ。

「そんなケチくさい事言わんでくだせーよ、じゃあお返しにこれあげまさァ」

別にお返しが欲しかったわけじゃないけど、ごそごそと沖田くんはポケットを探る。

「ほらよ」

出てきたのは飴。レモン味。

「…ありがとう」

ゴミとか変なのが出て来るのかと思ったけど普通の飴もらったし特に文句もなかった。

「おう、この菓子どこで買ったんでィ」

「すぐそこのコンビニだけど」

「へー」

自分から聞いておいてなんだその返事は。ちょっと見直したと思ったけどそんなことなかった。



結局沖田くんは菓子はどれがおすすめだとかどれが好きだとか、挙句にはお菓子をもう一つ奪ってチャイムが鳴ってから席に戻っていった。
山崎くんとはそのあとアドレス交換をした。









「なまえー!お昼行くアル!」

午前中最後の授業が終わった。

「うん!」

「なまえ、さっきの授業でわからないところがあるのだがあとで教えてもらってもいいだろうか」

「いいよー、でも私もいまいちだし九兵衛が解けないのに私が解けるかな…」

お弁当を持って階段をあがる。
その先にあるのはもちろん屋上だけどもちろん出入りは禁止。鍵がなければ明かないはずだけど神楽の怪力で鍵が外せてからは、ここは私たちだけの場所になった。

「そういえば神楽は?」

「購買行ったわよ。お弁当持って」

「よく食べるねー」

「人のこと言えないだろう」

「私が食べてるのは朝ごはんだからね」

いただきますと声に出しそれぞれ色とりどりのお弁当を口にする。

「そういえば朝見てた占いはどうだったの?」

「6位。まぁまぁってところかしら」

所詮ネットの占いだし、テレビでなんかだと順位もバラバラだしあてにならないわねなんて気にした風もない。

「そういえば合宿、楽しみだな」

「そうね、受験生ってだけで息苦しいから夏に少しでも息抜きできるのは助かるわ」



「きゃっほー!購買のおばちゃんにプリンただで4つもらってきたアル!」

「よくやったわ神楽ちゃん!」

「へへっ早速食べるアル!」

突然扉が開いてスキップで向かって来る神楽の腕の中にはお弁当と4つの食後のデザート、プリンが顔をのぞかせていた。思わぬものに四人は目を光らせた。

あぁ、こんな何気無くて
楽しい日々がずっと続けばいていのに。



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