試験3日前の金曜日ということで午後の授業は自習になった。
けれど、自習をまじめにする人は少なくいつも通り騒がしかった。
仮にも受験生なのにいいのか君達は…。

後ろでは近藤くんの一方的な愛情と妙の一方的な暴力のやりとり。前の山崎くんは部活の疲れか夜更かししたのかぐっすりと熟睡している。銀八先生も私達をほったらかしてどこかへ行ってしまった。


私は握ったペンを固まったままだった。この式はどうやるんだったっけな…授業でやってたのは覚えてるけどあーもうなんで途中で寝ちゃったかな私…!

「…おい」

暗記は静かなところじゃないとできないし、今はひたすら問題に慣れないと…こんな1問1問に時間かかってたらすぐ時間なくなる…

「おい、みょうじ」

あ、あとノートも見直して

「みょうじ!」

「え!?」

一生懸命問題と今後の計画表を考えていて気づかなかった。
右の席の土方くんが少しいらいらした顔をしていた。

「あ、ごめん、何かな…?」

男子は別に苦手とかじゃないけどこんな風にしてる男子は怖いな…いやでも私が気づかなかったのが悪いし。…なるべく早く用件を済ませよう。

「ここ」

バサッと教科書を見せて来た。
そこには赤ペンで丸がしてあった。

「ここの、赤ペンのところが…何か」

「…だから、その…教えてくれ」

土方くんは目を逸らしながらまた教科書をつきだした。
あぁ、そういうこと…記憶には全然なかったけど私が何かしてしまったのかとひやひやした。

「あ、うんいいよ。でも私より九兵衛の方が…」

「いや、さっきあいつにも聞きに行ったけどあいつも同じことを言ってた」

ガタガタと机を動かしてすぐ隣に移動させた。

「ここの解き方わかるか?」

そう言って視線を落とした土方くんの伏せ気味の切れ目が綺麗だった。元から整った顔だしどんな角度から見ても綺麗なんだなー。ていうかこのクラスかっこいい人とか可愛い子多好きでしょ…。

「おい」

聞いてんのかと少し睨みをきかせてくる。
落ち込み気味からなんとか我に帰り、手元の教科書に目を移した。

いつのまにか頭はいい人という印象をつけられていた。いつどのように自分がそんな風に見られ始めたのかは知らないけど、頼られるのは嬉しいに越したことはない。おかげで赤点などというのもとったことはない。

「お前塾とか行ってんのか?」

「行ってないよ」

「…そういやお前今年からこのクラスに入ってきたよな。なんでだ?」

それは頭のよさのことを言っているのだろうか。でも土方君はただ純粋に聞いているのだろう。

「うーん…いろいろあって?」

「ふーん」

土方君は最初からそんなに興味はなかったのか、これ以上は聞いてはこなかった。


「…はい、解き方は大体書いておいたからこれで解けるはずだよ。」

「お、サンキューな」

ここで初めて土方君の笑顔を見た。やっぱりイケメンは笑うとイケメン度増すんだなぁとしみじみ思う。


時計を見るともう少しで午後の授業が終わる頃だった。
シャーペンをペンケースにしまい、教科書とノートをまとめているとちょうど鐘が鳴った。


「なまえちゃん」

後ろからペンの後ろで背中をつつかれる。

「なに?」

「テスト終わったらどこか出かけない?」

「どっか?どこ行くの」

「それはあとで神楽ちゃんと九ちゃんにも聞いてからよ」

とりあえず日にちだけでもと思って、と手帳を取り出した。手帳を取り出すと思い出すのは前に夕飯の食材を買うために相談しあっていた新八くんと妙のやりとりだった。親が他界しているため姉弟で協力しあっているのは本当にすごいことだと思う。親がいる私にはどれだけ大変なのかはっきりとはわからないけれど。

「で、なまえちゃんはいつなら大丈夫?」

「いつでも大丈夫だよ。」

「そう、じゃあこっちで日時は決めちゃうわね」


思えばこうして妙や神楽と九兵衛と遊ぶのは、初めてかもしれない。このクラスになるずっと前から仲はよかったけど、何かと予定が合わなかったり、クラスが違ったからなかなか会う機会もなかった。顔がにやけそうになるところを必死におさえた。

「海行きたいなー」


「夏になれば行けるわよ」

もうすぐ梅雨が終わる。
湿った空気が去ると一段とまた暑くなる。そうしたら学校からの課題と自分の課題と冷えた部屋での生活が待っているわけだけど。

「あー合宿か。」

そんなの耐えられない。


「海と言ったら水着よねぇ」


「え、水着いるの?無理無理」


「冗談よ、どうなるかはわからないけれど」

ふふと楽しみに笑う妙。

「もし必要にならなくても、私たちで海に行けばいいものね」

「それならなんとか」

「じゃあ、その時は一緒に水着買いに行きましょ」



学生生活最後の夏が来る。





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