迷子

 歩いて15分程のところにアヤの家はある。一応それなりに稼いでいるし、オフィスと自宅を兼ねているため、東京の一等地にある。
 鍵も閉めずに飛び出したので、そのまま玄関のドアを開ける。オフィスを兼ねているだけあってエントランスは広いので、平均身長が大変高い6人が居ても多少窮屈な程度だ。
 アヤはパンプスを脱ぎ捨てて、ホールに出る。びしょ濡れのウェディングドレスはとんでもなく重いし、ぽたぽたと水が落ちている。これから自宅スペースに上がるのに、さすがに着ていられなかった。
 後ろで靴を脱いでいた青年たちは、突然始まったストリップショーまがいの脱衣に驚いていたけれど、ウェディングドレスのインナーは、ビスチェやペチコートのため然程露出は多くはないのだが。顔を真っ赤にしていたり、目をあからさまに逸らす初心な青年たちに、思わず微笑が浮かぶ。

 彼らを連れ立って二階に上がり、応接室とパーテーションで区切られているプライベートスペースに通す。大きなダイニングテーブルに着かせて、アヤは電気ケトルに水を入れてスイッチを押す。沸くまでの間に色々できそうなので、青年らに待っているように告げ、三階に上がった。
 三階に上がってまず、脱衣所にインナーを脱ぎ捨てる。裸のままささっと風呂を洗うついでに、頭から熱いシャワーを浴びて暖を取る。さすがに時間がないのでシャンプーは後回しだ。
 どっさりとタオルを抱えて向かったのはクローゼットだ。適当な部屋着を着こみ、彼らでも着られそうなオーバーサイズのTシャツやステテコ等をバスタオルの上にのせて、二階に降りる。
 青年たちは革張りの椅子を濡らすのを気にしていたようで、立ったままだった。タオルと着替え一式を手近に居た青年に押し付け、パーテーションがあるからと応接室で着替えるよう促す。

「ありがとうございます」
「ん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

 ぽつりぽつりと返答があり、今度こそ座るように促した。準備した温かい飲み物を渡すと、彼らの青ざめた顔がわずかに健康的な色に戻った。それに安心して、アヤはコーヒーに口をつける。しばらく暖を取った後、アヤが口火を切った。

「さて、自己紹介でもしようか。私は久遠絢子。25歳。職業はデザイナー」

 黒髪眼鏡の関西弁が今吉翔一くん。色素の薄い髪にベビーフェイスが宮地清志くん。一番の長身で濃ゆいのが岡村健一くん。黒髪短髪が笠松幸男くん、顔真っ赤にしてさては女の子苦手かな。最後が線の細い儚い感じの黛千尋くん。みんな大学一年生になったばかりで、同じバスケチームなんだそうだ。

「信じてもらえないと思うんですけど…」

 口火を切ったのは宮地清志くんだった。彼はスマートフォンと、財布から身分証を出した。ホーム画面に表示されているキャリアは知らない会社のものだし、当然のように圏外になって居る。身分証に示されている住所は東京都のとある区になっているが、聞き覚えがない。

「随分スケールの大きい迷子だね」
「バスケの練習しようと思って集まったはずなのに、変な所に来て、この年になって言うことじゃないですけど、帰り道が分からなくて途方に暮れてた所に久遠さんが来たんです」
「一応ここは東京都目黒区ね。23区の一つ。最寄り駅は〇〇駅。地図はこれ」

 仕事用においてあるタブレットで地図のアプリを立ち上げる。東京都全体から区を示し、家の位置と最寄り駅の場所を指差す。彼らの顔がわずかに沈む。諦めに似たような表情だった。

「旅は道連れ世は情けってね。こうして出会ったのも何かの縁でしょう。君たちが無事に帰れるまではウチで面倒を見てあげる」

 彼らは行くところがない。アヤの手に縋るしか選択肢はないだろう。彼らが何とも言えないでいるのをいいことに、続きを告げる。

「もちろんタダ飯食らいはダメね。バイトどうこうお金どうこうじゃなくて、まあ家事とか雑用でもしてもらおうかね。いいね?」
「ボクたちは行くところもあらへんし、そうさせてもらえたら助かりますけど…。正直、急に訳分らんことになって、気持ちが追いついてきてないんで、まだ考えられへんことも多いです」
「そんな重く受け止めないでさ、突然来たんだから帰るのも突然かもしれないし、こうなっちゃったもんは仕方なくない?幸い衣食住には困らない環境にも恵まれたんだし、むしろ楽しんでやるくらいにとらえてないとしんどくなるよ?」

 とは言ってもすぐ受け入れ、切り替えられるものでもないだろう。

「とりあえずお風呂沸かしてるから順番に入っておいでよ。さっぱり水に流して、ご飯食べて、今日は寝る!考えるのを明日に回しても変わらないでしょ」
「ありがとうございます、久遠さん」
「素直でよろしい。それと、一緒に生活するんだし久遠はちょっと他人行儀じゃない?だから、私のことはアヤさんとでも呼ぶように!」

 こうしてアヤと5人の青年たちの奇妙な生活が始まった。

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