dangerous bath time

「まず始めにに思ったこと。一に知能がかなり低い。二に厄介」
「厄介なのはハナから分かってんだよ」
「厄介って言っても色々あるの。頭は悪くても力は強い。一体でもバンバン扉叩けば外れちゃうくらいにね。そして死なない。急所に撃ち込んでみたけどだめだった。だけど関節を砕けば動きはするけど然程脅威じゃない。別名の通り、un dead どうやって動きを封じたら…」
「動きを封じるというより、逃げたほうが賢いかもしれませんね」
「とは言ってもここは学校。逃げて追いかけられて、隠れてやり過ごす場所がいる。でもドアは紙防御」

 うーん、と唸ったアヤは後ろに束ねていた髪をほどいてバサバサとほぐす。その時髪の毛が固まっているのに気付く。ゾンビの血と脳みそが凝固したらしい。流石に不快で顔を歪める。

「事務室がバスルームになっていた筈です。女性なんですし、先に入ってきたらどうですか?」

 小堀くんが言った。正直腐臭もするのでその申し出はありがたく、アヤは一度被服室に寄って着替えを持ってから校舎の一番端っこにある事務室に向かった。装備はFNブローニングM1910とナイフだけ。ただのお守り装備だ。
 事務室に入ると書棚は着替えを置くロッカーになっており、真っ白なふわふわのタオルまで用意されていた。正面に衝立のようなカーテンがあって、その向こうに真っ白な猫足のバスタブとシャワーがあった。アヤは着替えをロッカーに置いて、バスタオルと銃をバスタブの近くのテーブルに置いた。
 空のバスタブの中に入り、シャワーのコックを捻り、結構高い位置に設定されたベッドから温かい水が噴き出す。頭のてっぺんに水を当て、体に這う感覚を気持ちよく思っていた。
 髪を洗い流している時、ノックの音が聞こえた。はーい、と返事するとシャワーを使っていることを察したのか少し大きめの声で桃井とリコさんですー!入って大丈夫ですかー?と声が。 いいよー!と返せばガララっと事務室の扉が開いてさつきちゃんの元気な声が響く。

「アヤさん下着持って行ってないと思って、一人じゃ不安なのでリコさんにもついてきてもらいました!」
「あー!下着!盲点!すっかり忘れてたよ。ありがとう」
「いーえ!」
「あ、二人ともちゃんとお守り持ってる?」
「勿論です。でないと…怖いですから」

 よし、とアヤが頷いて、もうすぐ上がるから一緒に戻ろうと言う。二人は元気よく頷いてくれる。
 女子はここにいる三人しかいない。心細かったり自分の無力を悔やんだり、待つだけの怖さを味わっているのだろう。だけど二人は努めてそういう不安を表に出そうとしない。出すべき時は出すが、それはやはり男の子たちに引け目を感じてる以上曝け出すのは難しい筈だ。
 アヤと一緒にいる時は正直に怖いと言ったりしてくれて、頼ってくれているのだと少し誇らしく、嬉しく思う。

「数少ない女の子同士なわけだし、これからも私に頼ってくれると嬉しいよ」
「アヤさん…」

 その時、二人が悲鳴をあげた。アヤはシャワーを止めることすらせず、テーブルに置かれている銃を手にカーテンの外へ出る。
 そこには鼻先を撃ち抜かれたゾンビがいた。入り口を塞ぐように立っていて、こちらに腕を伸ばしてくる。リコちゃんが震えながらも銃を握り、撃った。距離が近かったこともあって、ゾンビの左肩に着弾する。よくやった!と思いながらもゾンビは完璧に私たちを敵と認識したらしく、動きを数段速めてこちらへやってくる。
 マズイ、と思ってアヤはゾンビの片膝を砕くが、倒れてきたゾンビの腕が銃を持つ右手に当たって手から離れる。アヤは太ももに付けっぱなしにしていたナイフを取り、放心状態のリコちゃんと震えるさつきちゃんに怒鳴る。

「今のうちに逃げて誰か呼んできて!銃は安全装置を解除しておくこと!」

 二人はゾンビが私に引き付けられた事により、開けっ放しになっていたドアから脱兎の如く脱出した。
 床を這いつくばるゾンビにアヤは後ろへ下がって距離を取り、ちらりと銃の位置を確認する。弾き飛ばされた銃はゾンビの腕と壁の間にある。取りに行くのはあまりに無謀だった。
 ゾンビは片足で立って腕を振り上げる。アヤに当てるために一歩踏み出した時、片足ではバランスが取れなかったのかアヤに向かって倒れてきた。
 その予想外な動きにアヤはわずかに動転してゾンビに押し倒される。ゾンビに押し倒されるなんて、不名誉すぎる。アヤは下から這い出ようとするが、ゾンビは腐った歯茎に残る獣のように尖った歯でアヤを喰おうとする。
 咄嗟にアヤは構えていたナイフを喰わせる。人間とはケタ違いな力を持つゾンビにマウントを取られているなんて、かなりアヤには不利だ。はやく応援来てくれと祈りながらアヤはナイフを持つ手に力を込める。

「アヤ先輩!!」

 今吉くんの、珍しく酷く焦った声が聞こえて正直安心した。アヤの側にやってきた誰かがゾンビにかなり良い蹴りを喰らわせてアヤの上から退かす。

「怪我ないですか?」
「うん、今吉くん。来てくれてありがとう」

 今吉くんが私を見ないように、テーブルの上に置きっぱなしておいたバスタオルを取って渡してくれる。取り敢えずそれを巻きつけてゾンビを抑えてくれている人達の方を見る。
 笠松くんと今吉くんと同じジャージを着たちょっと強面な人と花宮くんと、花宮くんと同じジャージを着たちょっとぼーっとした人がいた。多分あの蹴りは笠松くんだ。
 狭いこの場所は一応バスルームとして重要な役割がある。銃はあまり使用せず、大男が数人がかりでゾンビの四肢と頭を抑える。アヤはナイフを拾って、ゾンビの顎を落とす。それでもゾンビは弱々しく動いて、アヤは生唾を飲み込んだ。

「頭だけでもまだ動くなんて、本当に不死ね」
「気持悪ィ」

 花宮くんが吐き捨て、アヤは一応危険はなくなったと思われるゾンビを観察する。鼻先にはアヤが最初に助けられた際の弾痕がしっかりある。一年の教室のあった二階から職員室に向かう時、伊月くんの持っていたシグP230jpを使って脳幹を狙った。あの時倒れたゾンビはばたんと倒れて少し階段をずり落ちていた。そして、私たち動き出したのは、さっき黄瀬くんを助け出した時知った回復にかかる時間に比べて、短かった。
 つまり、あの時ゾンビは死んでおらず、回復してから一階に下りてきて今までアヤたちが防音された職員室にいたために、一度も運良く鉢合わせず。偶然か必然か、音を さつきちゃんたちの声を聞きつけて事務室に来たのかもしれない。

「私こういう考えさせられるの苦手なんだけどな…」

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