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プロローグ

帝光中学バスケットボール部
男女ともに部員数は100を超え、全中三連覇を誇る超強豪校
その輝かしい歴史の中でも特に最強と呼ばれ、無敗を誇った10年に1人の天才が5人同時にいた世代はキセキの世代と呼ばれている
が、キセキの世代には奇妙な噂があった
誰も知らない 試合記録も無い にもかかわらず 天才5人が一目置いていた選手がもう1人 幻の6人目がいたと…
そして 女子にはキセキの強すぎる光に霞んでしまった同じく10年に1人の天才 百戦錬磨 無敗の女王が君臨していた



 桜咲き誇る日本の四月 美しい景観の中に和佐は居た。桜の白に近い薄いピンク色の中に映える藍色は中学時代より少し伸びた気がする。それを少し煩わしそうに首へ手を入れて払う。ぱさりと背中に落ちた髪の毛はまとまっていて、そういうCMのように思えた。
 和佐はまだ少し冷たい春風に真新しいセーラーのスカートを揺らしながら私立誠凛高校の門をくぐり抜ける。新設校ゆえにまだ3年生のいない現状、2年生はとても部活勧誘に力を入れているようだった。その中にやけに影の薄い存在を認めて和佐はその背中を追いかけた。

「テツヤ、久しぶり」
「和佐さん!」

 テツヤは同じ中学でバスケをしていた。彼が悩み 思いつめ不登校になった時、ノートを貸したりフォローしていたのは和佐だ。卒業式以来会っていなかったので2.3週間ぶりになる。和佐は彼の持つチラシを見てにんまりと微笑む。

「バスケ、もう一回やるんだ?」
「はい。僕は僕のバスケでキセキの世代に勝ちます」
「燃えてるねぇテツヤ。良い心意気じゃん」
「……和佐さんは…」
「やらないよ。もうきっと満足にプレーできない」

 中学時代 和佐は強すぎるせいで周囲から浮いていた。頭一つ 二つ分は抜きん出ていたのだ。試合で手を抜くことこそしなかったが、自分であえてハンデをつけたり目標を設置したり舐めていた部分確かにある。和佐は存分にバスケを楽しめていなかった。
 そんな和佐を導いたのが幼馴染みでキセキの世代の一人で 男子バスケ部主将の赤司征十郎だった。練習だけでも男子に参加すれば良い。それは鶴の一声だった。初めは三軍、すぐに二軍に、遂には一軍まで上り詰めた。女子ゆえにスタミナも筋力も、何もかもが劣っていた。練習についていくのもギリギリだった。以前までの余裕はどこえやら。今まで感じたことのない高揚感が和佐の胸に満ちていった。

──私はもっと強くなれる!
──もっと高みへ!

 和佐の実力はキセキに並ぶものになった。男子の世界では和佐のSFは通用しない。ならばスピードとコントロールを意識すればいい、もっと高い所で勝負すればいい。現在のプレースタイルは試行錯誤の繰り返しの賜物だった。そして6人の個性を参考に、独自のものに創り変えて我がものとした。
 キセキ達が次第に覚醒していく中、和佐が感じていたのは限界だった。小学生の頃は身長の伸び幅が大きかったが中学生になって落ち着いた。まだ少し、じわじわ来ているがそれも本当にすぐになくなってしまう。
 身長の成長の波が引いていくのと反比例して和佐の身体はぐんと女性に近づいて行った。元々初経が来たのも中学校1年生の冬だったり胸もみんなより小さくて、そういう成長が遅かったのかそんなにしないタイプなのかよく分からなかった。だからこそどんどん大きくなっていく胸だとか全体的にふっくらしてきた身体とか、男子の中が居心地の良かった和佐にとって恐怖だった。

──取り残される。
──超えられない。

 和佐はテツヤのようにリタイアこそしなかった。それは絶対的優位に立てる女子の世界があったからなのかもしれない。それでも和佐の居場所は男子の中で、限界なのだと悟るのにそう時間はかからなかった。
 テツヤはまっさらな状態のバスケ部でキセキに挑んで勝つ。そのために誠凛を選んだ。でも和佐は…?女子の世界ではどんな相手だって勝てる。それは決まりきった事実だ。そしてもう男子の世界に自分の居場所はない。
 辞め時なんだと思った。だから新設校でマイナー、全国区の選手だって知らないような誠凛を選んだ。再出発のためにテツヤは選んだ。辞めるために和佐は選んだ。全く対照的だった。そんなテツヤが和佐には眩しかった。

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