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もう一人のキセキ

 誠凛高校の男子バスケットボール部は創部1年目にしてインターハイ都予選にて決勝リーグまで出場するほど、案外実力のあるチームだった。先ほどから1年対2年のゲームを監督(現役女子高生なのでマネージャーにしか見えない)の隣で見ている和佐はため息をつきたくなるのを必死で押し殺していた。
 おきまりの自己紹介なんかを済ませて帰りの支度をしていたらいつの間にか背後にテツヤが居て和佐は体育館に拉致された。貴方がいないと落ち着かない、なんて言われても困るのだ。和佐は辞めるためにここに来たというのに。
 2年生は流石というべきか技術と共にチームプレーがよく板についていた。1年はお互い顔合わせもロクにしていなかったし、火神というアメリカ帰りのルーキーが調子に乗っていた。見るに耐えない試合だ。火神を潰せば1年に流れはない。火神は仲間を信頼していないから頼らない。一対五じゃ、2年生のように強い人達には勝てない。
 その後テツヤの活躍によって1年チームが勝利した。テツヤはきっと火神を青峰の代わりの、新しい光に選ぶのだろう。

「ねえ、火神くんだっけ?」
「あ?」
「私と1on1しようよ」
「はあ!?」

 ボールを持っているテツヤに手のひらを向けると渋々といった表情で渡される。男子のボールは女子の物より大きくて重たい。女子のボールですら、女子は片手でシュートが撃てないのだ。ひらすら筋トレして、男子のボールでも撃てるよう練習したっけな。ニヤリ、和佐が不敵に笑った。

「一応言っておきますが、和佐さんはキセキの一人ですよ」
「え、でも、こいつ女子だろ!?」
「女子バスケ界では無敗の女王とよく特集を組まれていたくらい強いです。実際たった一人で全中三連覇を成し遂げましたし」
「は!?え!?」
「驚くのも無理はありません。和佐さんはキセキに見いだされて練習だけでも男子に参加しないかとスカウトを受けたくらいですから。すぐに一軍に上がってキセキと同等の実力を身につけた天才ですし」

 ねえ、そろそろいいかなぁ?和佐はスカートの下にどこからか出したバスパンをはいて、黒子と体育館履きとバッシュを交換していた。準備万端だ。人差し指で器用にボールを回している。

「手加減すんじゃないわよ」
「ったりめぇだタコ」


 勝負は和佐の圧勝だった。和佐の武器である身体のしなやかさや柔軟性、天性のバネを生かしたジャンプはディフェンスならプレッシャーに、オフェンスならそのままフェイダウェイで決めればいいので応用が利く。それに和佐はバカではないので適切な挑発をして火神を乗せ、やりやすいように誘導していた。まさか和佐自身も、こうも簡単にいくと思っていなかったので少し驚くとともに呆れかえった。
 和佐はテツヤを見た。どうするんだ、これがテツヤの光でいいのか。光が務まるのか。テツヤは静かに首を縦に振って、力強い目で和佐を見つめた。頑固な所は変わっていない。いや、テツヤはあの時から唯一変わっていないキセキだったな、と和佐は思い直す。和佐はバッシュをテツヤに返して踵を返した。
 それきり和佐はバスケ部に顔を出していない。

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