夢をみた。何度も、繰り返し同じものを。
ひまわり畑を歩く彼女の夢を。茹だるような夏の日だ。冴え渡るような空にセミの声が響き渡る。わたしより数歩先を行っていた彼女がこちらに振り返り、ゆっくりと大きく口を開く。どうやらわたしに何か話しかけてるようだった。しかしちょうど旅客機の航路の真下にあるのだろう。彼女が口を開くのと同時に、飛行機のエンジン音が響き、彼女の言葉はかき消された。
そうして、暗転。夢はいつもそこで終わり、スリープモードを解除するとなんとも言えない不快感が襲ってくる。
──わたしは、彼女が何者であるかを知らない。
「まだ夢は見るのか?」
定期メンテナンスの最中、おもむろにヘド博士がわたしに問いかける。
「はい、いつも同じ夢だけを」
「そうか」
それだけ仰って、博士は口を噤んでしまった。その表情はどこか寂しげに見える。
「博士は、何かご存じなのですか」
「……どうしてそう思うんだ?」
「この話題になると、その……暗い表情をなさるので……」
そして、博士なら可能なはずなのに、あまり積極的に記憶媒体を触りたがらない。
「以前なら、わたしが必要ないと思えば、不要な記憶データを消去してくださいました」
それなのにここ数ヶ月は一切記憶データに手を付けられていない。何かと理由をつけて断られてしまっていたのだ。
「教えてください博士、彼女は一体」
「ガンマ一号」
「……はい」
「知らないほうがいいこともある。これは、お前のためでもあるんだよ」
「っ……。わかりました」
メンテは終わり、ご苦労様。という博士にお礼を述べ、メンテナンスルームを後にした。博士のあの悲しそうな、それでいてなにかを憐れむような表情。一体なんだと言うんだ。博士は確実に彼女について知っている。知っていて、何も言わないでいる。当たり前だ、わたしのメンテナンスは博士一人が担ってくださっているのだから。知らない訳ないのだ。思ったよりも、事態は深刻なのかもしれない。
まただ。またこの夢。人間はこういった、夢だと自覚している夢のことを明晰夢と呼ぶらしい。
思えば夢だと気づいているのに、ここでは何も行動したことがなかった。不可能だと決めつけていたからだ。
聞かなければ、彼女に。
先を行く彼女を追いかけ、両肩を掴んでこちらに振り向かせる。
驚いた双眸がこちらを捉える。こんなにきれいな瞳の色をしていたのか、と頭の隅の方で思った。
「教えてくれッ!!アナタは一体誰なんだ!!」
「私は──」
わたしの大声に反応したかのように、咲き乱れていたひまわりが一斉にこちらを向く。比喩ではない。一つ一つが確実にぎょろりとこちらを見ている。
「あ……」
そうして轟音、のちに暗転。ハッとして、目を開く。己のエンジンの駆動音がうるさい。本来人造人間には不必要な呼吸が荒くなる。あぁ、わたしはおかしくなってしまったのだろうか。時刻は午前四時二十分。もう少しすれば、朝が来る。そうしたらいの一番に博士のところに向かわなくては。
「博士、お聞きしたいことが」
「それ、後じゃダメ?」
「お願いします。火急の用なのです」
「……わかった、入りなよ」
博士は渋々といったように研究室に招いてくれた。まだ朝早い時間だからか、他に職員は一人としていない。
「夢の彼女について、教えてください」
「お前のためでもあると言ったはずだけど」
どうしても知りたいのか?そういう博士の瞳はしっかりとわたしを見つめる。
「ええ、後悔はしません」
博士は、はぁあ〜〜〜〜、と長めのため息を吐き、約束したんだけどなぁ、とこぼした。
「彼女は、お前の恋人だった人だよ」
「恋人……?」
知らない。なんの話だ。わたしに、恋人?わたしは彼女の名前すら知らないのに。まったく身に覚えがないが、博士がこんな場面で冗談を仰るとは思えない。
「彼女に、頼まれたんだ。彼女に関するお前のデータを、全部消去してくれって」
死の間際にね、そう付け加えた博士の声は上擦っていた。
「なぜ、そのようなことを」
それにつられてかわたしの声も情けなく震える。
「ごめんよ、ただその時はお前にも許可は取ったよ」
わたしが、大切な人との記憶を自ら?にわかには信じられなかった。
「彼女なりの励ましみたいなものだったんだろう。自分のことは忘れて幸せに生きろっていうね」
「それは……」
「彼女が亡くなったあとのお前は、とてもじゃないが見ていられない状態だった。遺言のこともあったし、僕はお前のデータを消去することにした」
「わたしは、その時なんと答えたのですか」
「『彼女のことを考えると、壊れてしまいそうになる。早くこの苦しみから解放されたい』」
──だから、どうかお願いです。彼女について、わたしの中からすべてを消してほしい。
舌が渇く。博士の告白には、一切の淀みが感じられなかった。ただ重く、惨憺たる事実がわたしにのしかかる。
「それでも、無意識にロックをかけたのか、どうしても消去しきれない記憶があったんだ。それが、あのひまわり畑の記憶だ」
「なぜ、それだけが夢に?」
「人造人間は本来、夢を見ないはずなんだ。けどどういう訳か残された記憶が、夢として再生され続けた」
言葉が出ない。わたしは、なんて薄情な男なのだろう。彼女が亡くなったことを自ら忘却し、今の今までのうのうと生きてきたとは。
「一応、バックアップはとってある。いつでも彼女に関するデータは復元可能だ」
僕はやめたほうがいいと思うけど、一号がそうしたいというのならもう止めないよ。どうする?そう問いかける博士の表情はどこまでも優しい。
「わたしは──」
わたしはもう、夢なんて見たくない。