コナンくんは騙されてくれない



 哀ちゃんがキャンプに着いてきてほしいと言うので、どうせ暇だからと二つ返事で了承した。阿笠博士の引率で少年探偵団が同行するらしい。一応安室さんにお伺いをたてておかなければ。
「喜多見柚のようにあなたを監禁する気はありませんからね。コナンくんがいるなら大丈夫でしょう。気をつけて行ってらっしゃい」
 キャンプに行きたいんですけど、と進言すれば安室さんモードでにっこりとそう告げられた。小学1年生のコナンくんを信用しすぎではないだろうか。それを言ってしまえばせっかくの許可が取り消されるかもしれないので、こっそりと飲み込んだ。


 そして当日。車は阿笠博士が出してくれるようで、いやあすみませんなんて頭を下げれば「かまわんよ」と太っ腹な答えが返ってきた。腰の調子が良くないらしく、元気な子供たちの面倒を1人でみるのは大変なんだそうだ。とはいえ哀ちゃんやコナンくんは大人びているから、実質無邪気なトリオに体力を持っていかれるのだろう。
 最初はお隣の沖矢さんという方にお願いしようとしたのだが、哀ちゃんは連れていくなら私が良いと推してくれたらしい。普段は塩対応で、最近やっと名前で呼んでくれるようになったのだが、思っていた以上になついてくれていたようだ。そういえば“沖矢さん”という名をたまに聞くが、会ったことがないなと考えた。
 おはよう、と子供たちに声をかければ口々に挨拶が返ってくる。
「なあなあ、菓子はちゃんと持ってきたかよ?」
 元太くんが期待した目で私を見上げる。返事の代わりにニコリと笑って歌舞伎揚の袋を渡せば、他の子たちからずるいと抗議の声があがった。
「君たちの分もちゃんとあるよ。……もちろん、博士のも」
 お菓子を詰め込んだバッグを開いて見せる。わあ、と嬉しそうな歓声が溢れた。ちょっと、と哀ちゃんに腰を肘でつつかれた。
「博士のはダイエット食品だよ」
 そう言って軽くウインクをする。後ろで阿笠博士のひきつった声が聞こえた。


 博士が道に迷ったせいで、到着時刻が予定よりも遅れてしまった。現地で食べるはずだったお昼御飯はサービスエリアに変更され、キャンプ場に着く頃には空も茜色に染まっていた。
 休む間もないままカレーの準備を始める。わいわいがやがやわちゃわちゃ。やれ危ないだ何だと現場監督をしながら、子供たちの作業を見守りつつ手伝う。出来上がったカレーをお皿によそい終える。哀ちゃんがいてくれて良かったと彼女の頭を撫でた。
「ちょっと、やめなさいよ」
 そう言いながらも振り払わない哀ちゃんに軽く微笑めば彼女の頬が少し染まった。

 これまた賑やかに夕飯を済ませ、あっというまに就寝となってしまった。明日の夕方には出発だなんて早すぎる。男女で分かれたテントの中、歩美ちゃんと哀ちゃんを寝かしつけたは良いが、目が冴えてしまって寝付けない。仕方なくテントから這い出てホットココアでも、とミルクを温めていれば背後から少年の声がした。
「xxxさん、眠れないの?」
「うん、目が冴えてしまって。それに、何となく眠るのが勿体ないんだ。もしかしてコナンくんも?」
 座ったまま上半身だけ振り向く。コナンくんは、まあねと私の隣に腰かけた。彼の分のミルクも追加して、博士が発明した耐熱紙製マグカップを2つ並べた。

「ねえ、xxxさんはさ」
 出来上がったココアを手渡す。いくらか他愛ない会話を交わしたのちコナンくんが静かに問いかけた。
「安室さんのこと、どう思ってるの?」
 真っ直ぐに射ぬくような視線を受け止め、思わず言葉に詰まる。素敵な人だと思うよ、と口では告げながらもその声に張りはなかった。
「xxxさん、さっきまで指輪してたよね。ということは安室さんと婚約したんだ。でも、おかしいよ。xxxさん、ちっとも変わらないもん」
「……変わらないって?」
 盗聴器はさっき確認した限り付いていなかったし、携帯もテントの中だ。この会話を件の彼に聞かれている可能性は低い。それでも警戒に越したことはないと、慎重に言葉を選んだ。
「婚約って、たいていの人生にとって重大な出来事のはずだよ。重大な決断の後には、人間少なからず妙に浮わついたり、逆に神経質になったりするものなんだ。だけどxxxさんにそんな様子なかったよね。指輪だってそうだ。普通はもっと大切そうに眺めたりする時間があるものなんじゃないの?」
 なんと、よく見ていること。哀ちゃんしかり、本当に小学生だろうか。丁度良い温度に冷めたココアをひと口飲んで動揺を閉じ込める。
「そうかなあ、あまり実感がわいていないだけだよ」
 そう言ってにこりと安室さん仕込みの笑みを向ける。これで、カップルは似るんだな、なんて勘違いしてくれればいいけれど。
 コナンくんに本当の事を言ったとして、何の解決になるだろう。困惑させるだけだろうし、小学生には少々刺激が強い気もする。それに、コナンくんがうっかり誰かに口を滑らせようものなら私の身が危うくなってしまう。
「そうなんだ! でもxxxさん、困ったことがあったらぼくに言ってね」
 ココアごちそうさま、とコナンくんはテントに戻っていった。もしかしたら、彼は騙されてくれなかったのかもしれない。小さな背中を見送って、ぼんやりとそんな事を考えた。
 翌朝、殺人事件を積極的に捜査するコナンくん始め少年探偵団を見て、軽く引くことになるとは思いもしなかったけれど。
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