射止むは愛情

 恐怖と不信感で追い立てればすぐに俺を頼ってくるだろうという予想は外れ、xxはしばらく1人で耐え忍ぶことを選択したようだった。ゲーム内設定の影響で、どうしてもxxは精神が脆弱で儚いというイメージを払拭しきれていなかったのかもしれない。俺が思っているよりずっと、xxは頑張り屋だった。また1つ俺だけが知っているxxが増えた。そう思って喜んでいたのも束の間、大きな誤算が発生した。
 近いうちに俺が処理をしようと画策していた盗撮犯を、ある青年が撃退した。誰にも気付かれないよう設置したカメラとマイク越しに舌打ちをする。後にxxから紹介を受け、その場では称賛したが内心は余計なことをと睨んでやりたかった。
 このままでは彼女の心にあいつが入り込んでしまう。どうにかして排除しなければと観察していれば、青年がテーブルに落ちたxxの髪を拾っていた。これは堕としやすい。ひっそりと目を細めた。
「髪を拾う程ご執心のようですね」
 xxが青年の傍を離れているうちに、そっと囁く。彼女の持ち物、欲しくはありませんか。青年は勢いよくこちらを見た。その瞳が欲望と背徳感で染まっている。xxのロッカーの場所、入り方、人のいない時間などを一方的に教えれば、青年はxxの方を見た後俺に頭を下げた。
 青年は悪魔の囁きに逆らえなかったようで、俺の望み通り動いた。xxの物に触るのを腸が煮えくり返りそうになりながら何度か黙認し、そろそろかと仕上げに入る。首尾よく青年の悪事をxxに目撃させ、余計なことを言う前に俺が処理をする。良い人だと思っていたのにと呟いたxxに、排除が成功したことを確信した。


 徐々に俺を当てにする徴候が見られるが、まだ足りない。最後の砦だと認識してくれているようで大変嬉しいことだが、唯一の砦でありたいのだ。
 今度は俺に頼らざるを得ない状況を作ってみよう。適当な男の筆跡を真似て手紙を書いた。xxの1日の行動を詳細に記したそれは、俺が見たもののほんの1部分だ。指紋が付かないよう手袋を嵌めることも忘れない。完成したそれを郵便受けに直接投函する。何度か続けていればxxに元気がなくなっていった。そういえば初日に電話をしたが、流石に1通目では相談してもらえなかったな。
 投函を続けてもう2週間だ。追い打ちをかけるには良い頃合いだろうかと、完成した手紙にひと手間加えておいた。かかっている生々しいそれは、もちろん俺のものだ。できれば生乾きの方が良い。タイミングを見計らって届ければ、シミュレーション通りxxが封を開けた。動揺と恐怖からでる可愛い悲鳴をイヤホンで聞く。掛かってきた電話に胸が高鳴った。
 駆け付けるとxxからこちらへ飛び込んできた。ようやく縋ってくれるようになったか。自分が製作したものを仕舞い、怯える彼女を落ち着かせて励ます。
「解析して犯人を突き止める。内容、筆跡とDNAの型から絞り込めばすぐだ。もう心配することはない。捕まえて、2度と手出しはさせない。大丈夫、何があっても俺が守る」
 俺の言葉に安心したのか、xxはそのまま意識を手放した。


 心配だからと言いくるめて、xxの送り迎えをすることにした。俺に迷惑をかけているのではと思っているらしいが、俺が好きでしていることだ。それこそ事の発端から全て。俺の画策にちっとも気づく様子のないxxは可愛いが、上手くいきすぎて怖いくらいだった。追われている振りをして匿ってみれば、xxはますます恐縮するばかりだ。もうひと押し、彼女の精神を大きく揺さぶることができれば。

 かつての小さな名探偵に連絡をとり、xxの迎えを頼んだ。人の良い彼は俺の頼みを快諾し、きちんと送り届けてくれようとしているようだった。彼の正義感と好奇心の強さは並でない。それを利用すれば、今回もきっといい具合に事が運ぶだろう。
 もともとは公安の人間として監視していた、犯罪の温床である掲示板を開く。女が1人で佇んでいるという情報に時間や場所を添えて書き込んだ。予め用意しておいた囮の悲鳴を大音量で流す。上手に名探偵が釣れたようだった。
 少し離れたところでxxの様子をうかがう。待っていれば、xxが路地裏に連れ込まれた。すぐに引きはがしに行きたいのをどうにか我慢する。路地裏をこっそりと覗き、出ていくタイミングを見計らった。しっかりと状況を把握させてからでなければ意味が無い。
 xxに向かって拳が振り下ろされようとするところで、男を殴り飛ばした。xxが「たすけて、零さん」と洩らすのを拾って口角が上がった。男たちを拘束してxxに駆け寄る。抱きしめれば張り詰めた気持ちが破裂したのか、xxはぽろぽろと涙をこぼした。
「言っただろ、何があっても守るって」
 緩みきった表情をそのままにそう言えば、xxは俺の胸元に顔を埋める。こんなに震えて、可哀そうに。勤めて優しい声で、そろそろ戻ってきてはくれないかと提案する。
「俺から離れてよく分かっただろう? この世界はあなたにとって危険なんだ。あなたを守るのは苦でないし、むしろ頼ってくれるのは嬉しい。大丈夫だから、安心して俺に全部任せて。俺だけがあなたを幸せにできるから」
 考える様子を見せた後、遠慮がちに紡がれた肯定に支配欲と独占欲が満たされていく。同時にその欲がドロリと溢れ、巨大になっていくのを感じた。


予定していた内容が書けて満足したのでこれにて本編完結です。ありがとうございました。
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