オニキス

 待ち合わせの時間ぴったりにやってきたxx先輩は、ボクを見つけると弾ける笑顔を振りまいて小走りに駆け寄ってきた。タッタと低めのヒールが音をたてているのが、どうしてか人込みの中でも聞き取れた。
「待たせっちゃった? ごめんね」
 申し訳なさそうにxx先輩はボクを覗き込む。ゆるく巻かれた黒髪が彼女の背を流れて揺れた。思わずその毛先を目で追う。
「いいや、待ってないよ」
 上の空で返した。安心したように笑うxx先輩を眺めていれば、いつのまにか彼女に手を取られている。ボクのものよりも数段柔らかくて、白く輝く手に驚いた。女の子らしい、綺麗な手だ。促されるまましばらく歩を進めてからはっとする。手を繋いでいることを意識してしまう自分が俄かに恥ずかしくなって、手を引っ込めた。
「わ、ごめんね。嫌だったよね」
 xx先輩は一瞬だけ寂しそうに振り払われた自分の手を見遣った後、なんでもないように前を向いた。それに少し物足りなくなる。手を離したのは自分なのに。
「いっ嫌じゃない! 嫌だったわけじゃない、から」
 弁明するように声をあげれば、xx先輩はボクの方を向いて目を丸くした。それからゆるゆると目尻を下げて「そっか」とだけ呟く。結局その手が繋ぎ直されることはなくて、僅かに期待していた自分が分からなかった。なんか、ボク、xx先輩といると変だ。

「でね、一番上の兄が秀兄っていって――」
 繁華街を歩きながら会話に花を咲かせる。あの日、勢いで彼女を買い物に誘った自分を褒めてやりたい。だって、遠くから眺めているよりもxx先輩のことがたくさん知れたから。同時に、ボクのことも知ってもらえるのが何よりも嬉しい。
 xx先輩は楽しそうにボクの話を聞いている。時折みせる、その笑い方ひとつとっても宝石みたいで、お姫様になりたいなんて言いだすくらいの年齢のときに憧れていたのは彼女みたいな女の子だったのかもしれない。
「ふふ、自慢のお兄さんなんだね。ちょっと会ってみたいかも」
 兄たちの話をすれば、会ってみたいと言われることは少なくない。その度にボクも出来ることなら会わせたいと思うのだが、今日だけは違った。
「うん、自慢の兄だ」
 それだけ返して話題を変えた。
 秀兄には、会わせたくないな。いつもと反対の願いがじわりと滲んできて、視線を地面に落とした。秀兄は強くてかっこよくて、いつもボクの考えが及ばないほど先を見ていて。そんな男に、ボクが敵うはずないじゃないか。もしxx先輩が、ボクよりも秀兄のことを好きになってしまったら。それは、嫌だな。そこまで考えて、はたと気付く。そっか、ボクはxx先輩に好かれたいのか。それはおそらく、誰よりも。
 気が付けば日も傾いて、影も長くなっている。ボクとxx先輩の形が細く並んで、手を繋いでいるみたいだ。それだけで何だか満足してしまって、ボクは意味もなく「xx先輩」と甘えるように呼んだ。


 帰り道。結局、ボクと彼女の双方が納得するようなアクセサリーは見つからなくてウィンドウショッピングで終わってしまった。ボクの目的は彼女と過ごすことで、正直買い物は二の次だったけれどxx先輩は違ったようだ。心底残念そうな顔をしてボクに手を振っていた。
 家まで送ろうかと言ったのだが、年下の女の子に送られるのはと遠慮されてしまった。それでもxx先輩が心配でこっそりあとをつける。バレたら怒られるか、呆れられるだろうな。怒った顔を想像したが、可愛い顔しか思い浮かばなかった。そんな自分に苦笑する。
 しばらくxx先輩を見守っていれば、見覚えのある男が彼女へ近づいた。帝丹の教師だ。xx先輩は嬉しそうにその男へ近づくと、躊躇なく腕を絡める。うそだ。いやだ。触らないでよ。
 ギリと奥歯が鳴った。手のひらに力も籠る。なんとなく視界が濁るのは、眉間に皺が寄っているからだろうか。
 二人はそのまま仲睦まじい様子でレストランへ入っていく。ボクはそれを呆然と立ち尽くして見ているしかできなかった。

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