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 顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳かして。朝の支度をする間、セイくんは相変わらず私をじっと観察していた。そんなに見つめられるとなんだか気恥ずかしい。きっと一生懸命に情報収集でもしているのだろうけれど。微笑ましさに眉尻を下げた。
 セイくんからの視線を受けながら寝間着に手をかける。するりと薄い布を捲りあげて肌を晒せば、見ていたセイくんがはわと声を上げた。肩越しに彼の方を見遣る。
「ぼっ僕、コーヒー淹れてくるね!」
 ぱちりと目を合わせた途端、セイくんは居心地悪そうに数度瞬きをして部屋を出ていった。そういった情緒は持ち合わせていないと思っていたのだけれど、随分と純情なアンドロイドもいたものだ。もう少し気を使ってあげたほうが良いのかもしれない。クスりと微かに喉を鳴らして服を着替えた。

 リビングに戻れば深く良い香りが鼻を擽った。テーブルにはマグカップが二つ置かれている。焦茶色の液体から白い湯気がふかふかと立ち上っていて、もう一人で作れるようになったのかと驚いた。お礼を言って一口啜る。とても美味しい。「上手だね」とセイくんを撫でれば、彼は酷く嬉しそうにエヘヘと声を上げて笑った。
 ピピ、とキッチンから電子音がする。トースターからのお知らせのようだけれどパンを焼いた記憶はない。はていつの間に、なんて一瞬思案してからセイくんの方を覗った。綺麗なお顔が得意気に反り返る。
「使い方はデータベースにあったんだ」
 彼は機嫌よくキッチンに向かうと、トーストを二つ運んできてテーブルに乗せた。ご丁寧にバターと蜂蜜まで塗ってある。
「すごいよセイくん。とても美味しそうだね、ありがとう」
 いただきますと手を合わせてトーストを頬張った。じゅわりとバターが舌に溢れて、蜂蜜の甘さがあとに残る。焼いて塗るだけだというのに、私が作るよりも数倍上手に思える。思わず唸ってしまった。
「いつもよりずっと美味しいよ。セイくんが作ってくれたからかもね」
「本当? 嬉しいな」
 セイくんは幸せそうに目を細めた。それから目の前のトーストに手を伸ばす。一口食んで、ぎこちなく咀嚼した。昨日はもう少し滑らかだったように思うが、あれは飲み物だったからか。
 平日の朝にしてはまったりと過ごしてしまった。ふと目に入った文字盤は出かける時間を指していて、ああいけないなと腰を上げる。
「仕事に行くの?」
「うん、お留守番はよろしくね。何かあったらここに連絡してくれれば良いから」
 さっと連絡先を走り書きしてセイくんに手渡す。パソコンの使い方は分かるようなので、それを使ってくれれば大丈夫だろう。おおよその帰宅時間を伝えてから慌ただしく靴を履いた。
「分かった、待ってるね。いってらっしゃい」
 セイくんが玄関まで見送りに来てくれる。なんだかお嫁さんみたいだ。
「いってきます」
 朝誰かに見送られるのなんて何年ぶりだろう。くすぐったく落ち着かない気持ちでドアノブを握った。
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