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 朝ごはんを食べ終えて、セイくんと会話をしながら片付けをする。それから溜まった洗濯物を洗おうと脱衣所に向かえば、セイくんはテトテトと私の後ろをついてきた。
「あ、僕これは知ってるよ」
 洗濯機を前にしてセイくんは嬉しそうに言った。それから自分がやりたいと私の横に立つ。ボタンを押そうとして、ドライじゃないよね? と顔をこちらに向けた。私が肯定すれば、セイくんはまた上機嫌に洗濯機へと向き直る。意気揚々と洗濯機のシステム音を鳴らした。
「ふふ、完了したよ」
 鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。
「ありがとう」
 そんなに嬉しいのだろうか。まあ彼は生活をサポートするためのものであるから、不思議ではないか。
 さて、干すまでにはまだ時間がある。私はデスクトップパソコンを起動すると通販サイトを開いた。洗濯機の音が止むのを今か今かと待ち構えているらしいセイくんに声をかけて手招きをする。彼は素直に私の隣まで来て画面を覗き込んだ。
「買い物をするの?」
「そうだよ、セイくんのね」
 これから一緒に生活をしていくなら、彼のための服や生活用品も揃えなければなるまい。そう伝えれば彼は驚いたように息を漏らした。必要ないと思っていたらしい。
 メンズファッションのページを適当に開く。どんなものが好きか尋ねたが、セイくんは「ユーザーさんの選んでくれたものがいい、な」と控えめに笑うだけだ。遠慮しているのか何でもいいのか、それとも本心なのだろうか。
 結局私の好みに揃えてしまった。流石、見た目が良いので何でも似合う。決済の直前で本当にこれで良いのか確認したが、快く頷かれるばかりだ。自分で選ぼうという気持ちは微塵も感じられない。下手に駄々を捏ねられるよりずっとマシなのだが、これはこれで少し寂しい気持ちになる。いつか彼自身の好みが見つけられると良いのだけれど。
「こんなところかなぁ。セイくん、他に何か欲しいものはない?」
 必要なものは買い揃えたはずだ。いつの間にかセイくんが淹れてくれていたコーヒーを一口すすって背もたれに寄りかかる。隣で同じようにリラックスしていた彼に問いかければ、ううんと考え込んでから口を開いた。
「学習教材……」
 ぽつりと小さく呟かれたのは、予想していなかった答えだ。また遠慮して何も要らないなんて言われるかと思っていた。嬉しい誤算だ。え、と聞き返せばセイくんは私が難色を示したと誤解したようで慌てて弁明するように捲し立てた。
「今のままじゃ足りないんだ。元々seiに、僕にどんな知識があったのか分からないけど、僕はそれを出来る限り取り戻したい。いや、それ以上に沢山のことを知りたいし出来るようになりたい。そうすればもっとユーザーさんの役に立てる、と思ったんだけど……量が多いと値も張るだろうし、ユーザーさんの負担になるからやっぱり別に」
「新しくセイくん専用タブレットを買おう」
 要望を取り消そうとしたセイくんの声を遮ってキーボードを叩いた。それから勢いよく彼の肩を抱いてぐいと寄せる。一緒にパソコンの画面を覗くためだ。
 わ、と可愛らしい反応をする彼に目を細めて「どれがいい?」と尋ねた。多種多様なタブレットが並ぶ画面を見て、案の定答えあぐねている。私も彼からすぐに返答が来るなんて思っていないので、一番ベーシックな型を選んで「これにしよっか」と勝手に購入ボタンを押した。
「え、ちょ……っと」
 セイくんは目をぱちぱちさせている。タブレットよりパソコンの方が良かっただろうか。問えばふるふると首を横に振られた。さらりと絹糸のような髪が揺れる。
 どちらにせよネット環境さえ整っていれば大抵の情報が手に入る代物だ。論文なり映画なり、興味のある有料コンテンツがあればカード決済すればいい。学習にはうってつけかと思うのだけれど。そうセイくんに伝えれば、彼は申し訳なさそうに見を縮めてから私を見上げた。そんなつもりはないのだろうが、上目遣いが可愛らしい。
「ありが、とう……へへ」
「どういたしまして。独身貴族だからね、気にしないで」
 素直なお礼に気を良くして、セイくんの頭をわしゃわしゃと撫でる。照れくさいのか、俯いてしまった彼の口元は少しだけ緩んでいた。
 タイミング良く洗濯機が終了の合図を出す。私を手伝おうとして手にとった下着に赤面する彼をからかい通しながら休日は終わった。
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