黄瀬と黒子


※赤の他人設定

バス通学は雨天時最悪だ。時間通りには来ないし、乗客が倍になって騒がしい。梅雨の季節になればそれが毎日続くわけで、惰眠を貪りたいこちらとしては不愉快以外の何者でもない。いつも同じ時間に出ているはずなのに、バスが遅れてくるせいで遅刻の回数も増えていくばかりで、梅雨は嫌いだなあと思う反面。
俺はいつもバスの起点から乗る。逆に考えればここが終点でもあるのだが、乗車していた人間が全員降り終えると、後ろのドアが開いて乗客ができるわけだ。ちなみに、乗車するには決まった列に並ばなければならない。最初に並ぶことができればベンチに座れることが出来、後から来たものはどんなにバスが遅くやって来ようが突っ立っていることになる。俺はそれが嫌で、毎日早くにやってきて、ベンチに座っているのだが、実はそれ以外にもう一つ理由がある。
ブロロ、と一般の車とは少し違う音が聞こえて、ズボンのポケットの携帯を確認する。今日は7時40分に到着。45分発だがいつもより遅い。
バスが目の前で停車し、前側のドアが開く。ちなみに代金は後払いである。
ピッ、ピッとパスモやスイカでの支払いの音が絶え間なく続く。サラリーマンたちは三段あまりある段差をおおざっぱにがたがたと下車し、慌てたふうに駅へと走っていくが、きっと電車には間に合わないだろうと推測する。
かしゃん、と金が落ちる音が混じりはじめると、バスの定期を持つ学生が降りて来始めた。眠そうにしているのは俺よりも早くにこのバスに乗っているからに違いない。
俺は下車する客が最後になってくると、目を堪えた。
彼は、影が薄い。まるで透明みたいに、空気に溶け込んでいる。だから見つけにくい。ただ、こちらが気にしなければ、という話で、油断をせずに彼を探していたのなら一発でわかるだろう。
なにせ、彼は薄い。色が全体的に薄いのだ。気付けばわかるその奇妙さは、気付かなければ透明に見える。馬鹿にしているわけではなく、ただ、俺は彼を、美しいと思っていたのだ。顔は見たことがないが、その雰囲気でわかる。繊細で、周囲とはかけ離れた空気を、彼は醸し出しているのだ。
今日も彼は最後に下車してきた。いつものように、ブックカバーのされた本を読みながら、ゆっくりと歩いてくる。ぴったりな学ランに、少しサイズが大きいように感じるズボン。どちらも黒色をしていて、まるで黒子のよう。それが彼の存在を見つけづらくしているように見える。俺の記憶が合ってるなら制服を見る限り彼は、出来たばかりの私立高、確か誠凛というところに通っているのだろう。
いつものごとく、色素の薄い彼を見つめる。
読書するために首を下げているから、彼のうなじが綺麗に見える。筋肉と皮だけに見えるが、彼はきっと全体的にやわらかい。ふっくらとした頬を見れば一目瞭然だ。けれど、いらないものはついていないようで、布の上からでも綺麗にくびれがある。男としては細っこい体格で、体つきも若干女らしさがある。 言っておくが俺はホモではない。ただ、彼の雰囲気が俺の好きなツボをついていたのだ。ああ、彼が女の子だったら、きっと人はこれを一目惚れと言うのだろうが、残念なことに彼は男で、自分も男。いつもは煩わしい女子が羨ましくも思えた。
俺が残念そうに目を細めたとき、今まで手元と足元にしか気をつけなかった彼が、なぜだか本から目を離し、顔を上げた。 露わになった彼の顔は、美しくもあり、可愛らしくもあった。男が男に言うことじゃないのは百も承知だか、俺の表現は的確だ。
薄い水色の髪と同じ瞳がこちらを向く。なぜか俺に、目を向けた。俺が目を最大まで見開いていくなか、彼もなぜか、同じく驚いて、次の瞬間少し嬉しそうに笑った。
彼は何事もなかったように、再び読書の世界に入り、俺の目の前を通り過ぎる。
バスの後ろ側のドアが開いて、ベンチに座っていた人たちが腰を起こしてバスに乗り込んでいくなか、俺はベンチから動けないでいた。
人々が俺のようすを伺いつつ、バスに、あるいは次のバスを待つためベンチに座っていき、俺の隣にサラリーマンがどさっと座ったと同時に、俺の時間はまた動き始めた。
真っ赤になったと思われる頬は極限まで火照り、今更恥ずかしくなって、両手で顔を隠した。
多分、彼にばれてしまった。今まで俺が彼を見ていたことが、ばれてしまった。次、彼を見かけた時、どうしようか。また彼を眺めるにしても、彼と目があってしまったら多分心臓がもたない。かと言って、声もかけれないし、彼はきっと静かなタイプだから、こんなちゃらそうな俺を、次は笑いもせずに無視するかもしれない。
ああ、どうしよう。 どうやら俺は、見知らぬ彼に恋をしてしまったみたいだ。


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