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これの続き


 手足が自由になったおかげで寝返りを打てたから、その日は快適に眠ることができた。
 不思議な夢を見た。外が暗くなってきたからわたしは神社から家へ帰ろうとするのだけれど、いつもは大人しい犬が吠えるのだ。鳴いている犬を放って街に戻るけれど、人の気配がこれっぽちもないのだ。わたしは怖くなってまた神社に戻ると鳥居の近くで犬が待っていた。どうすればよいのかわからなくて、そばにある石の階段に座って犬とじっとしていた。しかし、わたしが膝を抱えていると犬はどこかにいってしまった。しばらくすると男の人が向こうからやってきて、わたしに何か言った。それから、それから―――…。
 目が覚めても男はわたしのそばに座っていた。昨日までのだるさが嘘みたいに身体が軽くて、自力で身体を起こすことができた。きっともう昼になるころだと思うが、戸は閉まっていて本殿の中は薄暗く、男の顔はよく見えなかった。男はおはようと言ってわたしの髪を梳いたり、頬をゆるゆると撫でたりした。彼の手は少し冷たくて、心地よかった。
 彼は立ち上がりわたしの頭を撫でて、少し待っていてくれだとかなんとか言って戸を開け出ていってしまった。戸が開かれたままで外から光が入ってきた。きっと何日かぶりに新鮮な空気を吸って気持ちよかったけれど、大したことのない日の光でも眩しくて仕方がなかった。予想していた通り今は昼くらいのようだった。目を細めながら男の後ろ姿を追った。長い黒髪を結った細身の人だった。あんな人は見たことないはずだけれど、なんだかとても懐かしいような気がした。
 
 
 光に目を慣らしていると男がいろんなものを抱えて戻ってきた。開けっ放しの戸から優しい風が入ってきて涼しかった。
 男は再びわたしの近くに座った。
「少し失礼するよ。」
 大きな手でわたしの帯を解き、襟元を緩めどんどんと服を脱がせていった。急なことでびっくりして恥ずかしかったけれど、何も言えなかった。自分の身体をまじまじ見ると、肌はがさがさしていて、肉は落ちて貧相になっていた。身につけていたものを全て取り去って裸にすると、彼は丁寧に身体を拭いていった。わたしはただただじっとしていた。
 そういえば、この人はついさっき外に出ていたんだった。
「いぬは…」
 掠れてうまく声が出せなかった。
「ねえ、黒い犬を見つけた?」
「さあ。見なかったな。」
 男はわたしの身体を拭く手を止めずに言った。よく見ると、ぞっとするほど端正な顔立ちをしていた。形のいい指は長く、肌は白くて血が通っていないみたいだった。わたしは少し怖くなった。
「犬が気になるのか?」
「うん。嘘かと思うかもしれないけど、途中まで一緒にいたのよ。」
「そうかい。そのうち見つかるさ。案外近くにいるかもしれないぜ。」
 なんだか楽しそうに小さく笑っていた。まつ毛が長くて人形みたいだなと思った。
 一通り身体を拭き終わると、彼は綺麗な着物をわたしに着せていった。痩せてしまったから服が重く感じられた。着替えさせられた後もわたしはただ布団の上に座っているだけで、されるがままに水を飲まされたり食事を与えられたりしていた。男は本殿とどこかを行き来していたが、わたしはまだ立ち上がって移動する元気はなかった。本殿の中は空気が悪いのか、ぐったりとして疲れる気がするのだ。
 

2020.10.13


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