心の精霊
イセリアへ寄った際、しいなが妙に落ち着きのない様子で辺りを探り出す。
「……コリン?」
「しいな? どうしたんだ?」
「コリンが呼んでいるような気がするんだ……。そんな気がする……」
ヴォルトとの契約の際に命を落としたコリンが、呼ぶなどありえる筈がない。
けど、しいなは気の所為だとは思っていないようだ。
この辺りで精霊と縁のある場所――マーテル教会聖堂へ、行ってみることにした。
祭壇まで着くが、当然何もない。ここは元々神子の宝珠を安置しているだけの場所。封印と同じ形をとっているが、精霊は眠っていない場所だ。
「あたしの気のせいだったのか……?」
何もないことにしいなは落胆する。
だが、その時だ。
「これは! コリンの鈴が!」
鈴が何かに反応するように、ひとりでに祭壇へ浮き上がる。
そして、鈴に呼応して、コリンによく似た精霊が姿を表した。鈴は、その首に納まる。
「コリン! コリンなのかい?」
『しいな。召喚を操る民の末裔……私に人の心を示した者……』
「コリン、じゃ、ないのか……?」
姿は似ているが、その声色などはコリンと似ても似つかない。
『求め、与え、笑い、泣き、怒り、戦い、守り、愛し、憎む……』
「何を言っているんだ?」
『人の心は私に何を与えるのでしょうか……このヴェリウスにそれをお見せなさい』
「来るぞ!」
精霊が何かを示せと告げ、思わず身構える。だが――
『……あなた達の心、確かに感じ取りました。不安、後悔、焦燥、孤独……更にそれに負けないほどの希望、勇気、愛……』
一瞬あたりが暖かい光に包まれただけで、何も起こらない。襲いかかる様子もない。
「……戦う訳じゃないのか?」
『私は心ある者を見つめる存在。誰とも契約せず、何者にも縛られません』
ヴォルトやオリジンのように人を信じないから契約しないのではなく、元々そういった性質の精霊のようだ。
「ヴェリウスって言ったね……あんたは、一体……?」
『しいな。私はコリンであった者です。精霊でありながら、最も人の心に長く接してきた者といったところでしょうか』
「心に接してきた……」
『力を失い、消えそうだった私を人の心が繋ぎ止めました。人の、あらゆる正、負の感情が私を心の精霊ヴェリウスとしたのです』
死んだコリンが生まれ変わった存在。それがこの精霊ヴェリウス。
「でもさ、とにかくさ! コリンなんだろ!」
『ええ。そうですね。コリンですね』
「……また一緒に行けるんだよね? 来てくれるんだよね? コリン……」
『いいえ。私はここから世界に溶け込み。心ある者達を見つめます』
「そんな……」
他の精霊と成り立ちが違うからか。契約して再び共に戦うことはできないようだ。
『……召喚の民の末裔しいな。確かに私はあなたとは行かないかもしれない。でも心は共にあります。あなた達の心に触れ、私は心の精霊として確立したのですから』
「心は……一緒なんだね」
『ええ。そうです。あなた達に人に心がある限り、私は人と共に……そしてしいな、あなたと共に歩き続けますよ』
「心ある限り?」
『忘れないでくださいね。私との契約は心だということを』
そうして、ヴェリウスは姿を消した。
誓いを立てて契約はしなかった。でもヴェリウスはきっと、他の誰よりも、一番傍にいるのだ。
「心……か……」
「よかった。コリンが復活したんだ……」
きっとこのことに一番喜びたいのはしいなだろう。
何より、しいながずっとコリンのことを想い続けていたから。その想いが報われたのだ。
「そうよ。人の心が彼を繋ぎ止めたのなら、コリンをヴェリウスとして復活させたのはしいな、あなたの心だわ」
「……違うよ。みんなの……おかげさ。みんなの心があたしをヴェリウスと引き合わせてくれたんだ。ありがとう、みんな!」
皆がコリンを大切にし、その別れを惜しんだ。しいなひとりの心ではないと、しいなは言う。