新たな世界

「な、なあ、また今度にしねえ……?」
「そう言って、いつまでも会いに行かないつもりでしょ?」
「お、俺さま急用を〜」
「逃さないから」

修道院の前。ゼロスとレイラは帰る、帰さない、の問答を続けていた。

「絶対に大丈夫だから。私が保証するから。だからちゃんと向き合おう?」
「その絶対の自信はどっから湧いてるわけ!?」

予想はしていたが、あまりに及び腰になってしまっている。この調子ではこのままここで日が暮れてしまいそうだ。

あれからレイラは、世界再生の立役者として、各地の復興に携わっていた。
単独で活動していることもあれば、ゼロスと一緒なこともある。神子として、教会や王室に関わるゼロスと一緒に活動できることは少ないが、機会があれば可能な限り一緒にいるようにしている。
今日は視察と称してゼロスを無理やり連れ出し、修道院を訪れている。

「ほら早く!」

レイラはここに来た目的の相手――セレスの顔を思い浮かべる。

――メルトキオに大雪が降ったその日。赤い雪と共にゼロスを取り巻くものが一変した。
少しだけ、その悲劇について話してもらえた。
セレスの母親がゼロスを殺そうとし、ゼロスの母親はそれに巻き込まれて死んだ。
そしてその死に際に遺した呪詛。

(……望まれて生まれていなくても、今を生きることを望む人はいる……そしてそれは私だけじゃない)

面と向かって話せば、簡単に分かることなのに。一度見ただけで、本当に大切に想われているのが分かるくらいなのに。

セレスの部屋の前まで辿り着く。

「じゃあ、私はここで待ってるから」
「お、おいおい。心の準備くらい……」
「待ってても終わらないでしょ!」

扉をノックし、中から返事が聞こえると共に扉を開ける。
中にゼロスを押し込むとすぐに閉めて、扉にもたれかかる。
かなり強引な手だが、ゼロスが悪いのだ。こういうものは時間が経てば経つほど良くないのだから。

聴覚を強化したら話の内容も聞けてしまうが、そこまでするのは野暮だろう。とはいえ、強化するまでもなく話し声自体は漏れ聞こえる。お互い堅い声色。

突然、ばちんと、引っ叩くような音が聞こえて驚く。
そうして、セレスの荒げた声が響く。

「あなたという人は……っ!」

恐らく、とんでもない失言をしてしまったようだ。大方の予想はつくが。
けどそれも、やがて収まっていった。

しばらくすると、扉を叩く音が聞こえてくる。

「レイラ? 聞こえてるならこっち来てほしいんだけどよ」

その声色は、すっかりいつもと同じ。なら、ちゃんと話はついて、誤解も解けただろう。
言われた通り、扉を開けて中に入る。

「……ちゃんと、話せたみたいだね」

ゼロスもセレスも、その表情は柔らかい。以前に見た堅さはもうどこにもなくなっている。

「えっと、あなたは前にお会いした……」
「覚えていたんですね」

顔は合わせたが、話はしていなかった。これが、事実上の初対面のようなものだ。

「紹介するぜ。この人はレイラだ」
「レイラ……さん」
「ああ。で、俺の、恋人だ」
「!?」

セレスは驚いてゼロスとレイラを交互に見やる。

「……立場とかもあってまだ公にはできませんが……一応、そういうことです」

驚くのも無理はないだろう。レイラは苦笑してしまう。

「あ、あの……大丈夫ですの? お兄様に騙されてたり……」
「おいおい。信用ねーな」
「誰かさんが散々遊んできたから」

一応、レイラが恋人となってからゼロスの女遊びは鳴りを潜めているのだが、何せまだ日が浅い。レイラもまだ数多の女の子たちのひとり程度にしか周囲に認識されていないだろう。

「……でも、お兄様の大切なお方なのは事実なのでしょう? 世界再生の仲間なのですから。……よろしくお願いします、レイラさん」
「はい。こちらこそ」

お互いに、手を取り握手を交わす。

 *

それからは、とんとん拍子にセレスを修道院から出すための手続きが済み、彼女は晴れて自由の身となった。今は、ゼロスの屋敷で暮らしている。

「ありがとな、無理やりにでも連れて行ってもらって。危うく、いつまでもずるずると引きずる所だった」
「いいよ、これくらい」

いざ向き合ってしまえば簡単でも、そのきっかけは強引にでも作らないと難しい。それはレイラ自身が身に沁みて分かっている。

「ゼロスとセレスがちゃんと分かりあえて、私も嬉しいしね」

ようやく分かり会えたのに二度と会うことは叶わなくなったレイラと違い、ゼロスとセレスはこれからがある。

「次はレイラだな。俺とレイラが大っぴらに恋人だって言えるようにならねーとな」
「……うん」

いくら世界再生の立役者といえど、レイラがゼロスの恋人と名乗るにはまだまだ障害が多い。
2人で力を尽くせば、きっとそれができる世界にしていける。

fin.

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