異邦の領域

それは、テリウス大陸が動乱に包まれようとしている最中のある日。
ネサラとミリアはキルヴァスの王城で、偵察に出た部下の帰りを待っていた。

「……それにしても、クリミア王に子供がいたなんて初耳ですけど、本当ですか?」
「本当だ。余計な後継争いを防ぐために各国の王にだけ存在を周知してたんだ」
「……ニンゲンは複雑なことで」

ミリアは呆れたように肩をすくめる。これが自分たちラグズなら王に戦いを挑み、勝てばいい。
そんな話をしているうちに、部下が帰ってくる。報告をを聞きまとめ、ミリアは内心呆れた。

「クリミアも案外しぶといことで」

それはつい幾月ほど前のこと。デインがクリミアに突如侵攻。あっけなく落とされた。辛くも逃亡したクリミア王女は同盟国ガリアへ亡命したが、ラグズである彼らは彼女に手を差し延べることができなかった。そこで彼女は、ベグニオン帝国を頼るべく海を渡っている。
デインの追手を逃れているクリミア王女の動向。これが今回調べさせた情報だ。目的の情報を得たネサラはまた別の部下に新たな命令を下し、彼らが飛び立っていくのを見送る。
ミリアはやれやれ、と呆れ混じりにネサラを見やる。

「全く、とんでもないことをしますね。クリミア王女の情報をデインに売るなんて。ガリアあたりに知られたら大目玉ですよ」
「兵たちはともかくアシュナード王は王女にさして興味がないようだし、しばらくは大丈夫だろ」
「それならいいんですが……」

ミリアは眉根を寄せる。いくら報奨金で民に潤いをもたらすためとはいえ、流石にこれは違う意味で国の存続に関わるのではないか、といささか心配になる。
民に潤い、でふとあることが浮かぶ。

「あぁ、折角ならクリミア王女の船から積荷でも失敬しませんか?」
「そりゃ名案だ。おい、シーカー!」
「お呼びですか、王」

ミリアの提案を受けて、ネサラはシーカーを呼びクリミア王女の襲撃、それに足止めを命じた。

「……私が行ったほうが手っ取り早いだろう」

ミリアは口を尖らせる。どうにもここ最近のネサラはミリアを戦場に出したがらない。今だってミリアが行くと言い出す前にシーカーを向かわせた。
とはいえ、今のミリアの興味はすぐ別の方へと向く。

「それにしても、ベグニオンに助けを求めるなんて。せいぜいいいように丸め込まれておしまいだろう」

ベグニオン。その単語を口にするだけで嫌悪感が剥き出しになる。ニンゲン全体が好きではないが、その中でもベグニオンは別格だ。

「おとなしくデインの支配を享受すれば余計な危機にも陥らないのに、悪足掻きなんてして」
「クリミア王女も命は惜しいんだろうよ」

俺たちと似たようなもんだ、とネサラは結論づけた。

 *

シーカーらを待てども待てども帰ってくる気配がない。いつもならとっくに帰ってくる頃合だというのに。

「シーカーの部隊、随分と遅くないですか?」
「確かに、適当な岩場に座礁させるなりして積荷を奪うだけで済む筈なのにな」
「見てきます」

ネサラが止めようとする前にミリアは翼を広げ飛び立つ。

「あの馬鹿……」

追う気にもなれず、ネサラはおとなしくミリアの帰りを待つことにした。

海上を飛び回り、船と部隊を探す。

「……見事な足止めだな……場所が悪いが」

お目当ての船はすぐ見つかった。ちょうど彼らは襲いかかってきた鴉たちを見事撃退し、座礁した船を何とか動かし再び航路を取った所であった。
部隊は壊滅してしまったが、足止めとしてはまあまあといった所か。情報を手に入れたデインの船が追いつけるだろう。
――が、場所が大いに問題あり、だ。船を接岸させた場所はゴルドアの海岸。鴉たちの血の匂いも残っているし間違いない。

「ゴルドア側もよく見逃したな。これは面倒なことになるか……?」

胸に嫌な予感を抱えながら、ミリアはキルヴァスへと戻るため再び翼を羽ばたかせた。

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