エピローグ 3

そんなことがあってから数ヶ月。デインの情勢は安定に向かい、民の意識も若い者たちを中心に少しずつ変わってきていると聞いている。

「……ん、久しぶりに帰ってきたな」

ミリアはあちこち飛び回り、セリノスを空けることが多かった。今日は久しぶりの帰還。
償いとして、ネサラはキルヴァス王時代に培った他国とのパイプを利用するため外交官となった。ミリア個人もそれなりに他国と繋がりがあることからそれを活かすため、補佐として働いている。
仕事に一段落つき、休暇を貰った。久々に帰ってきた森を散策する。
穏やかな民の営みを見ていて、昔に戻ったように錯覚する。あの頃と違って鷺の民は片手に満たない数まで減って、代わりに鷹と鴉たちが一緒に暮らしている。昔と同じようで違う平穏だが、心が安らぐ。

「……ミリアか」
「ネサラ」

たまたまネサラと鉢合わせた。どうやら同じように休暇だから森でくつろいでいたようだ。

「こんなゆっくりした日なんて、いつぶりだろうな」
「……言われてみれば、もう何年も……」

ネサラが王になってから、国を少しでも潤すためにずっと外で働いて、時には元老院から国を守るために理不尽な要求を呑んで。全てが終わってからも償いのために飛び回り続けて。

「なあミリア、本当によかったのか? 俺なんかに付き合い続けて」

民のひとりとして平穏を享受し続けていいと、皆は言う。けどミリアにそのつもりはない。

「……私は、キルヴァスの罪はみんなで負っていくものだと思うんだ。ネサラひとりにだけ背負わせたくない」
「…………」
「今までだってそうだ。少しでもお前の苦しみを背負えたらと思って傍にいたのに、お前はそうさせてくれないから……」

ネサラは首を横に振る。

「俺は、ミリアや民に、苦しい思いをさせたくなかったんだよ。そのためなら俺ひとり苦しむくらい平気だと――」
「そうしてひとりで苦しむお前を見て、私たちは余計に苦しかったんだ!」

ミリアが声を荒らげれば、ネサラは目を丸くした。

「……何も出来ない苦しみより、一緒に背負う苦しみの方がずっとよかった……だから、あの時だってみんな逃げずに付いてきたのに……」

ミリアは俯く。今までの辛さを吐露するように声は震える。

「……悪かった。民を守るのが俺の役目だった。身も……心も。だから、俺が背負うべきだと思っていた――そのせいで、余計に苦しめてたとはな」
「ネサラ……」
「今は、あの頃に比べりゃ全然苦しくない。だが……」

罪滅ぼしのためとはいえ、望んだことだ。それを苦に思うことはない。

「これから、何か壁に当たることだってあるだろう。その時にお前と一緒なら、心強い」

これからあるであろう困難。それにすら巻き込みたくなかったが、ミリアの想いを聞いて気が変わった。

「……傍に、いてくれ」

らしくもない台詞にネサラはばつが悪くなって目を逸らしてしまったが。

「ああ……当たり前だ……!」

何も出来ずに傍にいるのではなく、一緒に困難を乗り越えるために傍に。
ミリアは強く頷き、笑みを浮かべた。

――鴉王の懐刀、ミリア
ネサラの補佐として
傍に寄り添い、支え続けた。
忙しなく飛び回る中で、その様相は活力に溢れていた。

fin.

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