それは奇跡のような 1

その年のイセリアは、珍しく雪が降っていた。
年に一度、女神マーテルが生まれ落ちた日を祝う祭。
女神に祈りを捧げ、大切な人との時間を過ごす夜。
そこに起きた、小さな奇跡のような話――。

家族や恋人のいないレイラは、その日を1人だけで過ごすつもりでいた。
ささやかながらいつもより豪華な食事を作って、1人で食べてしまい、祈りを捧げておしまい。そんなつもりでいた。
が、ロイド達に特別な日だから、と学校で催されたパーティーに誘われた。
結果、飾り付けが施された教室で過ごしている。予想外だ。

「ほら、レイラも遠慮しないで食えよ!」
「あ、ありがとう……」

ロイドにケーキを渡され、未だ困惑気味のまま受け取る。
ジーニアスが作ったものだろう。きっとおいしいに違いないが、自分が食べてしまっていいのかと躊躇してしまう。

「ロイド、レイラが困ってるじゃん。ごめんレイラ、今からパーティーを始めようって時になってロイドがいきなり『レイラも誘おうぜ!』とか言い出して……」
「いいだろ、特別な日なんだし、今日くらいレイラがいたって」
「そうなんだけどね……せめて前もって言ってたら、レイラの分のお菓子も用意できたのに」
「気にしなくていいよ。ロイドの分のケーキ分けてもらえただけでも嬉しいし」
「ダメだよ、それじゃロイドもレイラも食べられる分減っちゃうじゃないか。今度レイラにお菓子作るから、ほんとごめん」

ジーニアスはレイラの取り分のお菓子を用意できなかったことを気にしていた。ただでさえ子供たち全員分を用意したのだから、大変だっただろうに。

「いいのに。お菓子はなくても、プレゼントは後で渡すつもりだったんでしょ? それで十分だよ」

レイラの手には、ジーニアスからのプレゼントがある。今年は寒いからと、姉弟で毛布を用意してくれた。パーティーが終わった後渡しに行くつもりだったらしい。

「それより、コレットだよ。今日はずっと聖堂でお祈りだから、ここに来られないんだし。私と違って、ちゃんと学校の生徒なのに」

ここにはいない友達のことを思う。こういった祭になるとどうしてもコレットは教会のことを優先せねばならず、いつも不在だ。
毎年のことで慣れているとはいえ、寂しい筈。

「そうなんだよなー……。折角楽しいのによ」

ロイドが口を尖らせる。今日は一日会えそうにもなくて、残念に思っている様子。プレゼント自体は明日になれば渡せるのだが、当日に渡せないのは寂しいだろう。

「神子だから……しょうがないよね」

来年になれば、再生の旅に出てこの日を迎えることはない。コレットの人生最後の女神生誕祭なのに、いつもと同じように祈りを捧げて、変わりないというのは何だか複雑なものだ。

夕暮れの頃に、パーティーはお開きとなる。それからは各々家に帰り、家族と共に過ごすのだ。

「うー、寒い寒い」

温暖な気候のイセリアには珍しい。朝からずっと雪が降っていて、冷え切っている。
今夜は早速ジーニアスに貰った毛布の出番になりそうだ。ロイドから貰ったマフラーを巻いて、家に帰ろうとする。

「あ、レイラ。折角だし今夜はうち来ないか? 親父がごちそう作って待ってるぜ」
「いくら何でもそれは駄目だよ。ダイクさんも困るでしょ」
「親父は誘ってやれって言ってたから大丈夫だって。2人だけより3人の方が楽しいしよ!」
「もう……」

でも、コレットもそうだがレイラも、来年はイセリアにいない。最後くらい、いつもと違う過ごし方でもいいか、と悪い気はしなかった。
プレゼントを家に置いてから、ロイドの家に向かう。
ノイシュは暖かくて、2人してノイシュにくっつくようにして森を進む。

「本当に珍しいね。去年は雪なんて降ってなかったのに」
「ああ。俺もここまで降ってるのは初めてだよ」

時たまほとんど水も同じような、積もらない雪なら降るが、少しとはいえ積もるくらいの雪は珍しい。

ダイクはしっかり3人分の食事を用意して待っていた。

「おう、いらっしゃい。今日くらいはウチだと思ってくつろいでくれよ」
「あ、ありがとうございます……?」

ダイクが当たり前のようにレイラを出迎えてくれて困惑する。折角の家族と過ごす日に、関係のないレイラがいてもいいものなのだろうか。

「へへ、友達と一緒に過ごせるっていいな!」
「ははは、そうだな」

ロイドはそれでいいのかもしれないが、ダイクが納得してるのが微妙に腑に落ちない。
というか、ダイクはさも当然のようにレイラとロイドが一緒に過ごすのは普通だと言わんばかりの態度だ。
とはいえ、準備までしているなら仕方ない。今年は、ロイドの家で過ごすことにしよう。

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