悔いなきよう 1
レイラは言葉に詰まっていた。
仲間たちとこれからどうするかについて話し合っていた。そして自分がどうするかについて話そうとして、言葉に詰まる。
どうするかは決まっている、ゼロスと共に行って、その手助けをする。だが、言えばどうしてゼロスなのかと絶対に聞かれる。そうしたら、ゼロスとの関係を明かさなければならない。
レイラは気恥ずかしさから、ゼロスとそういう関係にあると、仲間たちに打ち明けられていなかった。ゼロスの方も、レイラの気持ちを汲んで秘密にしておいてくれている。
言葉に詰まるレイラに、ロイドが気遣わしげに言う。
「決まってないなら、焦らなくていいんだぜ?」
「い、いや、決まってないわけじゃ……」
このままじゃ、決まってないのに見栄を張っていると思われる。打ち明けないと。
「あ、あの……あの……ね……」
やっぱり、この期に及んで言葉が出てこない。
「……考えさせて……」
結局、ごまかしてしまった。
そのまま、話題は別の人物は移っていく。
「父さんはどうするんだ?」
「私は……」
続く言葉に、レイラは凍りつく。
「デリス・カーラーンと共に、旅に出るつもりだ」
その後のことは、よく覚えていない。気がつけば話は終わって、今日のところは戦いの疲れを癒やすために近くで野営をすることになった。そうして、明日にはこのパーティは別れて、皆別々の道を歩みだす。
レイラは、新たな大樹の傍に取り残されたままだ。皆、気を落としてるからとレイラを気遣ってそっとしておいてくれている。
誰かが、大樹の元へ訪れてきた。俯いたレイラからその人は見えないが、誰が来たかなんて分かっている。
「あなたは、この樹を守るんですか?」
「そうだ。それが自然な形だろう」
守り人に、この人はうってつけだ。人間は元より、エルフやハーフエルフの寿命でも到底務まらない役割。かつてマーテルを愛していた彼が、新たな精霊マーテルと共にこの樹を守る。とても自然だ。
「……この樹を守る人。クルシスの生き残りとして、地上を去っていく人。……必要なことなのは分かってる……」
収まるべき所に収まっただけだ。でもそれは、レイラにとってとても残酷な結果となった。
「こんな所で気を落とすより、やるべきことがあるだろう」
クラトスが旅立つのを止められないのなら。レイラがやるべきことは。
「そうですね……」
立ち上がり、相手を――ユアンを見やる。
何となく、可笑しくなって笑いが零れる。
「いつも、お父さんのことで悩んでるとあなたが割り込んできますね。ロイドに打ち明けようと思ったらあなたに先に言われた。オリジンの封印のことで迷っていたら考えがあると言われた」
「偶々だ。むしろ、私の行く先々で何故かお前が悩んでいるだけだ」
「そうかもしれませんね」
苦々しい顔をしているユアンを見て更に可笑しくなる。何だかんだで、人が好いのだ、この人は。だから、今もこうして背中を押してくれる。
野営と合流して、クラトスに声を掛ける。
「話したいことがあるの」
皆から離れた場所に2人並んで腰掛ける。打ち明けるのは緊張する。けど、ここで言えなければずっと言う機会を失う。
「昼間はごまかしたけど……私、ゼロスと一緒に生きるって決めたんだ。ゼロスが、テセアラに手を回して制度を改めて……ゆくゆくは、神子制度を廃止する。その手伝いをする」
地位も何も持たないレイラができることなんてないだろう。それでも、その支えになりたい。
「そうか。薄々気付いてはいたが……神子を愛してるのだな」
クラトスは特に驚く様子もなく、むしろ腑に落ちた様子だ。
「あ、あい……う、うん」
人から指摘されるとまだ気恥ずかしい。
「お前は、分かりやすいからな」
「それ、ゼロスにも言われた……」
もしかして隠しているつもりで、実はみんなにバレてるのかもしれない。
「……アンナも、気持ちが顔にすぐ出ていた。お前は、あれに似ているのだろう」
「……そうなの?」
そう聞くと、悪いことでもない気がしている。ペンダントを開き、改めて家族の肖像を見つめる。とても、優しい笑みで赤ん坊を抱いた女の人と、同じように赤ん坊を抱えながら柔らかい表情でみなを見守るクラトス。
ここで伺える笑み以外には、どんな表情で笑って、悲しんで、怒っていたのだろう。本当に微かな記憶と肖像を元に想像することしかできない。
「……お母さんのこと、教えて」
自然と、そんなお願いが出てきた。
クラトスの口から語られる母は、とても輝いていた。
想像の中の母の表情が、段々鮮明になってキラキラしていくようだ。
決して楽とは言えない、苦しい逃亡生活の中で、お互いが支えとなっていたのだろう。
「――それで、お前が生まれた時には……レイラ?」
不意にレイラがクラトスの肩に寄りかかる。話を中断し様子を見れば、レイラはすっかり眠っていた。
今日一日のことを振り返れば、疲れが溜まっているのは当然のこと。そして話しているうちにリラックスして、とうとう眠ってしまった。
クラトスとしてはまだまだ語ることは幾らでもある。だが聞き手がこうして疲れ果てているなら仕方ない。
起こさないようにレイラを抱き上げ、仲間たちの元へ戻っていく。
仲間たちの中では、ロイドが真っ先に電池が切れたように眠ってしまっていたようだった。それも当然だろう。大樹の復活という大仕事を果たしたのだ。体力も一番消耗していただろう。
クラトスは眠ったロイドと並べるようにレイラを横たわらせる。すっかり安らいだ彼らの寝顔は流石姉弟というべきか、よく似ている。
他の仲間たちは皆、それを微笑ましく見守っていた。