少女のきっかけ 2

「キューン……」
「おまえは……?」

村には居づらいレイラは村外れ、森と村の間にあたる場所の木に寄り添いただ何をするわけでなく時を過ごしていた。
そんな彼女に心配そうに寄り添う不思議な獣。
首を傾げるレイラに獣は顔をすり寄せる。

「……私、コレットに怪我させちゃった。彼女に何かあったら、世界再生だってずっとずっと先になって、みんなもっと苦しむのだって、分かってるのに……私がちゃんとしてなかったから……。
ロイドたちには悪いけど、元々よく思われてなかったし、すぐにでも出ていかなきゃならないのかな」
「クゥーン……」
「……おまえにこんなこと話しても、仕方ないのにね」

ふ、と自嘲気味に笑い、獣の頭に手を置き、撫でる。
よく手入れされた毛並み。誰かが飼っていることは自ずと分かった。

「クゥーンクゥーン」
「どうし……うっ!?」

突如怯えた声を上げる獣に何事かと思うと、レイラに魔物が襲いかかる。
軽い傷を受けるも、戦うだけなら支障はない。咄嗟に立ち上がった。

「大丈夫、怖くないから……こんなの、私がすぐに……」

何てことない、獣よりも断然小さい魔物だ。
あっさり切り捨ててしまえば、獣がレイラを見つめる。その瞳はどこか哀しそうだ。

「ねえ、おまえは一体……」
「あっ、いたいた! 探したんだぞ、レイラ!」

不意に耳に飛び込んできた、よく知った声。

「ロイド!?」
「あれ、ノイシュもここにいたのか?」
「……この子、ノイシュというの?」
「そうだぜ。ずっと一緒にいたのか? 珍しいな」
「珍しい、って……」
「こいつ、他人に馴れないんだ」
「そうなんだ……?」

他人に馴れないという割にはノイシュにはレイラに対し警戒心の欠片もない。

「ってレイラ! 怪我してるじゃねえか!」
「あ、これはさっき――」
「すぐに先生に治してもらおう!」
「ちょ、ちょっと……!」

ロイドに手を引かれ、振り払うのも憚られ、そのまま村の中へと連れていかれてしまう。


「昨日といい、1人で怖かったでしょう?」
「いえ、それは別に……」

リフィルに治癒術を掛けられ、労りの言葉を貰う。
遠慮がちに返せば、途端にリフィルの目が厳しいものになる。

「……あなたは何でも、自分の力だけで済まそうとする傾向があるようね。
勿論そうせざるを得ない局面もあるかもしれない。けれど、今はそうではないでしょう?」
「でも……」
「ここにはあなたのことを心配して、力になりたいと思う人は沢山いるわ。私もその1人。その人たちの気持ちに応えることも必要よ。
何も気負うことはないわ。子供は周りの力を借りながら、成長していくものなのだから……」

子供の成長を見守る教師として諌めるリフィルの言葉はレイラの心に響くものがあった。

「ファイドラ様があなたにお話があるそうよ。私も一緒に行きますから」

怪我の治療を終え、レイラはリフィルに連れられコレットの家を訪ねる。

「よく来たの、レイラ。さあ、かけなさい」

ファイドラの正面の椅子を勧められる。レイラが座れば、ファイドラは話を始める。

「昨日のことはコレットから聞いておる。神子さまを守って頂いたこと、礼を言わなくては」
「い、いえ……そんなの当たり前のことです……それに、結局、彼女に怪我をさせてしまいましたし……」
「ともすれば2人とも、魔物によって命を落とす所じゃった。よくぞ無事であった」

コレットとレイラ、両方の無事を喜ぶ言葉に、レイラは些か戸惑う。

「それで、そなたはこれからどうするつもりかね?」
「……近いうちに、この村を出て旅をしようかと思っています」
「そのことじゃが、そなたがよければ神子さまの旅の護衛をしてもらえぬかの?」
「護衛、って世界再生の……?」
「そうじゃ。魔物やディザイアンから神子さまを守る者が必要じゃ。聞くところによればそなたはそれができるだけの力があるという。引き受けてもらえぬかね?」
「私が……」

そんな大役、受ける資格も力もない、という言葉を飲み込み、俯く。

「引き受けてくれるのなら、そなたがこの村で暮らすのに不自由がないよう、教会からも支援するつもりじゃ」
「ファイドラ様、それは……!」

恐らくは、村に居辛いレイラを村に置けるようにという彼女の計らいなのだろう。それはレイラを思うコレットのためか、純粋にレイラのためかは分からないが。

「引き受けます。必ず、神子を旅の終着までお守りします」

ならば、それに応えなくてはならない。先程のリフィルの言葉が脳裏をよぎる。
レイラは強い瞳で正面を見据える。ファイドラは満足そうに頷いた。


「よかったわね。でも、これからが大変よ」
「いいんです。それに……」

レイラは空を見上げる。昨日と何ら変わりはない、雲ひとつなく陽の光が降り注ぐ青空。

「コレットには、最期まで笑っていてほしいから。その為なら、どんな危険なことだって覚悟の上です」

目覚めた頃とは打って変わって意志の強い瞳はロイドやコレットたちと触れ合って変わったのか、或いはそれが彼女が生来持っていたものなのか――それは誰にも分からなかった。

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