喪失 1
「…………」
その報せを聞いても、ミリアは不思議なほど何の感情も湧かなかった。
あまりにも無反応なミリアに、サナキは不気味さすら感じながら話を続ける。
「激しい戦いじゃったから……わたしたちは消耗して、そして……っ、う……」
「サナキ様……!」
言葉を詰まらせ項垂れるサナキを、シグルーンが宥める。
「……悔やむ前に、しなくてはならないことがあるでしょう? ……分かってました。これを見て、何が起きたか」
ミリアは袖を捲り、腕をサナキに見せる。
そこに浮かんでいるのは、忌々しき印。呪いの証。
「あ……」
「この通り、私は何もかもを継承した。その事実から目を逸らす程、私は愚かではない」
戦いの最中、自らの腕を見て――あぁ、と驚くほど冷静に事実を認識して、全てが終わるのを待っていた。
「あなたが誓約を破棄しなくては、あなたの元に下った意味がない。いつまでも、私たちは解放されない」
だから、と淡々と促す。
促されて慌ててサナキは立ち上がり、預かっていた誓約書を懐から取り出す。
そして、誓約の破棄を宣告すると共に、誓約書から火が上がり、灰すら残らず消え失せた。腕の印も、すぅっと薄くなり、やがて跡形もなくなった。こんなに、簡単に。あっけない。
「……これも、預かっておる。できることなら連れて帰ってやりたかったが、これだけしか持ち出せなかった」
サナキが差し出したのは幾つかの装飾品。彼が常に肌身離さず身に付けていた耳飾りと、王の証たる腕輪。
「……お気遣い、痛み入ります」
それを受け取る。ミリアが手に取ると、腕輪に収まる宝玉が発光し反応を示す。それは王として認められた、ということ。
けれどもきっと、これを身に付けることは一生ないだろう。解放されたとはいえ、否、だからこそ、大罪を犯したキルヴァスはもはやこのまま国として存在することは許されない。
ティバーンに向き合う。裁かれるために。恐ろしいほど、気持ちは凪いだままだ。
「……彼なら、1人で罪を被ろうとしたでしょう。私は、次の王としてそれに準じます。民は王に従っただけのこと、罰は王――私だけに」
「嬢様! 何ということを!」
ニアルチが止めようとするが、首を横に振る。
「……王を継承したのなら、てめぇのやり方で国を治めな。あいつに準じるなら、俺はお前を鴉王と認めねぇ」
ティバーンの目は、確かな軽蔑が込められていた。キルヴァスの行いに、ではなく、ミリアのやり口に。
「私の……」
ミリアならどうするか、考えても、何も、浮かばない。考えることを、頭が拒絶しているようだ。
『ティバーン……ミリアは……』
リアーネが、瞳に涙を溜めながらも、言葉を切り出す。
『今のミリアは……何もないのよ。悲しいとか、そういう気持ちも何も……』
「何も、だと?」
リアーネの言葉を受けてティバーンは眉を顰める。
涙も流さず、眉ひとつ動かさずに目の前のことを淡々と処理するのは、ミリアが現実逃避してるとか、よくて割り切ってしまっているなど、甘く考えていたが、そうではなかった。
目の前の現実を正確に認識し、受け止め、そしてミリアは壊れてしまった。