理解までの道程 1
クリミア軍に参加した鴉であるミリアを見る周りの目は厳しい。
ただでさえ信用のない所に、キルヴァスがデインに雇われている。この状況下で、ミリアを無条件に信頼してしまう方が難しい。
「……私が何をしているか監視、ご苦労なことだ」
ヤナフとウルキは、その中でも特にミリアの行動に注意を払っていた。
「当たり前だろ。連中が敵に回れば、誰だって真っ先にお前を疑う」
「嫌疑をかけられること自体は別に予想できてた。だが残念。いくら絞っても私からは何も出ない。無駄な徒労、ご苦労なことだ」
やましいことなど何もないのだから、監視されようが構わないし、そうされるだけのことをしてきた自覚はある。
「どうだか。開き直っておれたちの目から逃れようって魂胆かもしれねえしよ」
「……さて、な」
あまり口出しても徒に疑念を深めるだけ。
「まあ、せいぜいその優秀な目と耳を無駄に浪費していればいい。私は自分の役割を果たすだけだ」
監視されていようがされていまいが、ミリアのやることは変わらない。リュシオンを護衛することだけだ。
……将が驚くほどのお人好しなせいか、余計な世話を焼いてしまったりもしているが。
負の気に満ちる戦場は、鷺の民にとってあまり長居させられない環境だ。
少し戦場に出ただけで、リュシオンの顔色は目に見えて悪くなっている。
「ミリア、お前に何と言われようと私は次の戦いに出る」
「王子が何と仰ろうと次の戦いに出すわけには参りません」
お互いに押しも押されもせず、ずっと向かい合って睨み合ったままの状況だ。
「いいですか、王子。どんなに屈強な戦士であろうと連続で前線に出続ければ疲弊します。どんなに王子が自分の体調を管理していても、後衛で待機し休息は必要なのです」
「自分の状態は自分がよく分かっている。お前に言われなくとも、いつ休息するかは自分で決める」
ずっとこの調子で問答は続く。
「あーはいはい。その辺にしておいてくださいよ」
「周りの注目も……集まっています……」
そこに、ヤナフとウルキが割って入ってくる。
「あ……」
指摘されて周囲を見て、野次馬が集まっていることにようやく気付いた。
「ったく、ただでさえ注目の的になってるってことを分かってるんですか? そんな中でそんな言い合いしてたらこうなるに決まってるでしょうに」
ヤナフは完全に呆れ返っている。リュシオンもミリアも言葉に詰まる。
「……どちらも譲らないなら、アイク将軍に指示を仰げばいいでしょう」
この言い合いは、2人だけで続けても収束する気配を見せない。なら、別の人物の判断に任せるのが一番丸く収まる方法だろう。
「……そうだな。すまない、2人共。私もミリアも頭に血が上っていた」
「ま、おれたちとしてはミリアの意見を支持したいところなんですけどね。口出ししても王子が譲らないのは目に見えてるってだけで」
その言葉を聞いたリュシオンが、溜息を吐く。
「……頑なになってるのは私よりお前たちの方だろう。反目しあってるのに私の処遇については意見が一致している、というのは私の方が気持ちが悪い」
リュシオンの気持ちも分かる。だが、それだけはリュシオンに我慢してもらうしかないだろう。
「……この状況で信用される方が逆に心配になります。私はキルヴァスを裏切ったわけではないですから。あくまで一時的に離れているだけです」
「分かっている。信用しろとまでは言わない。ただ私の傍にいる時くらいはその監視を緩めてはどうだ。正直、私が監視されてるような気分になる」
リュシオンの指摘にヤナフとウルキは少し思考し、渋々頷く。
「王子がそこまで言うならいいですけど」
「……代わりに、何かあった時……その責任は王子が負うことになります」
「承知の上だ。ミリアの同行を許可したのは私なのだから、私が責任を負うのも道理だ」
案外、リュシオンはミリアが思っているより今の状況をよく分かっていた。
2人でアイクのいる天幕へ赴き、事情を話す。話を聞いたアイクは考え込み、代わりにセネリオが判断を下した。
「リュシオン王子の力は戦局を大きく左右します。そしてもし肝心な時に王子の身に何かあれば大打撃になる。……だからこそ、今のうちに戦場に慣れてもらう。そのために、次の戦場には王子にも出撃してもらいます」
肝心な時に備えるという点は同じ――だが、その方法はミリアたちと真逆だ。
思うところがないわけではないが、この軍師の意見に異を唱えるのは骨が折れる。
これで話は終わり。結論も出た。なのに、心にしこりが残るような心地だ。
*
「……そうあからさまに不機嫌になってると流石に見てる方も気が滅入るんだけどよ」
珍しく、ヤナフの方が声を掛けてきた。
「……王子が特別扱いを望まないことも、軍師殿の判断も、分かるんだ。分かるのに、納得ができない」
ミリアの方も、取り繕うことなく、今の気持ちをありのまま吐き出す。
「そりゃ、おれたちからしたら王子の身に何かあっちゃ悔やんでも悔やみきれない。かといって後方で大事に囲ってちゃ軍に加わった意味がない」
「…………」
「元々鷺の民が戦場に出るってだけで無茶な話なんだ。どう扱うのが正しいかなんて、誰にも分かりやしねえ。王子自身を戦場に慣らすのと同じように……おれたちも、王子をどう扱うか慣らす必要があるんじゃねえか?」
「……お前に説教されるとは思わなかった」
「こいつ、人が折角気を使ってやってるってのに……」
「……いや、少し気が晴れた。ありがとう」
軍に同行している商人から薬でも見繕うか、と足を向ける。
ミリアが場を去ってしまい取り残されたヤナフは神妙な面持ちで呟く。
「……なあ、ウルキ。おれからしたら、あいつも王子のこと言えねえと思うんだよ」
「……私から見ても、顔色が……あまり芳しくない」
「そうなんだよ。忘れてたけど昔のあいつ、戦嫌いだったよな」
「……そうだったな……」
「もしかして、今もじゃ?」
まだセリノスが健在で、キルヴァスともセリノスを通じての交流があった頃。その頃の記憶を彼らは掘り起こしていた。