理解までの道筋 2

それからもクリミア軍の進軍は進んでいった。
その過程でキルヴァスをデインから撤退させることにも成功させた。それに貢献したミリアに対する周囲の目も多少軟化した。
リュシオンは思っていたより順調に戦場に慣れて、自分の体と上手く付き合って謡っている。

「だというのに、どうしてお前たちは相変わらず私を監視しているんだ」

流石のミリアも辟易してくる。

「こっちの勝手だろ。言っておくけど、今は王子も了承してるからな」
「……本当になんで監視されているんだ、私は……」

流石に嫌疑は晴れている。なのに監視は続いていて気持ちが悪い。
ミリアとは関係なく、軍の中にデインの内通者がいること自体は変わらない。そちらに注意を払いたいのに、こうも見られていてはそれもままならない。

溜息を吐いているミリアを傍目に、ヤナフとウルキはリュシオンとした話を思い出す。キルヴァスを撤退させた戦闘の直後くらいのこと。

「王子、あいつの嫌疑はこれでほぼ晴れたと言っていいですが……監視は続けさせてもらいます」
「……嫌疑は晴れてるのにか? 何故?」
「……こういうのも癪なんですが……見てて心配になりまして」
「心配? 何がだ?」

リュシオンの頭には次から次へと疑問が浮かぶ。

「王子ほどじゃないんですが……戦場に出る度に微妙に顔色が悪くなってるんですよ、あいつ。それで思い出したんです、あいつ、他者の気に結構敏感で……負の気が苦手なことを」
「あ……」

それを聞いてリュシオンも思い当たる。

「あいつ自身も慣れてるみたいだし、普通にしてたら特にどうなるわけでもないんですよ。ただ、あまり無理をしたらぶっ倒れるかもしれない」
「……ただでさえ私の護衛もある上にミリアはこの軍を気に入っている。無理をする可能性は高いな」
「正直に心配を告げても……当人は聞き入れないでしょう……。なら、監視を続けるという体でいる方が……気を配りやすい……」
「そうだな。私の方からも気をつけておく」

普段ならネサラやニアルチが気を配っていたのだろう。だが彼らがいない今、この軍で彼女の性質を知るのはリュシオンたちだ。代わりに気を配る必要がある。

「それにしても、意外だな。あれほど嫌っていたお前たちがミリアの心配をするとは」
「まあ、今は味方ですし、味方に倒れられちゃ寝覚めが悪いですから」

そうして口裏を合わせて、監視――という名の心配りは続けることになった。
予想通り、彼女の体調管理はネサラやニアルチが殆ど担っていたようで、自分自身ではかなり無頓着だ。自覚がないわけではないが、これくらいなら平気だろう、と全く意に介さない。
鷺の民程弱いわけではない。多少調子が悪くてもそれで戦場に支障にきたすような真似はしない。
それにリュシオンをはじめとした正の気の強い者が傍にいれば、僅かながら調子が戻るようだ。
これは杞憂だったか、とヤナフもウルキも気楽になっていた。

 *

杞憂で済めば、どんなによかったか。
かつてリーリアがデインに拐われ幽閉され、病によって死んだという事実。そして今度はリアーネがデインに拐われた。
あまりの事実が判明し、ミリアの心は不安定になり、そしてそれは一気に彼女の調子を悪化させた。
数回戦場に出れば、倒れてしまうだろう。軍はクリミア入りして、戦いも佳境に入ってはいる。だからこそ、ここで調子を崩しているのは由々しき事態だ。

「ミリアが調子を崩すのは予想していたが……お前らが気を使ってたのは予想外だったぞ」

合流したティバーンが心底意外だ、と漏らす。

「予想していた割に軍議に引っ張り出してるのはどうかと思うんですけど、おれ」
「そう言うな。こっちにも考えがあるんだ」

何を考えているか、大体の想像はつくが、詮索は避ける。ティバーンが直接の言及をしないのも、“彼”が動いていることがどこかから漏れてしまったら手を打った意味をなくすからだろう。

「酷だと分かっちゃいるが、少しだけ、あいつには我慢してもらう。それを乗り越えれば……あいつも大丈夫になるだろ」

この軍がどんなに居心地のいい場であっても、ミリアの心を立て直すことができるのは、ただひとり。
その時が来たら、この少し不思議なバランスの上で成り立っていた監視とは名ばかりの行為もおしまいだ。

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