それは奇跡のような 1

その年のセリノスは、例年に比べ多くの雪が降っていた。
年に一度、女神アスタルテが世界に降り立った日を祝う祭。
女神に祈りを捧げ、大切な人との時間を過ごす夜。
そこに起きた、小さな奇跡のような話――。

この世界に女神はもうおらずとも、風習は消えない。たとえ成り立ちが違って伝えられていたとしても、この日がめでたき日であることは変わらない。
多忙なネサラもミリアも、この日はセリノスへ戻ってくる。元々どこの国でもこの日は祭になるから、予定が空けやすい。
当初食糧事情でそれはもう揉めたものだが、この祭についてもかなり揉めたな、とミリアは思い出す。セリノスやキルヴァスは厳格なものだったが、フェニキスはかなり盛大な宴を催すもので、どの風習でこの日を迎えるかで凄まじいことになった。
結局、全て折衷して小規模な宴を開くことで話はまとまったのだった。
それも、もう数年前の話。今ではミリアも新たな風習にすっかり慣れたものだ。

『おかえりなさい、ミリア』
「ただいま戻りました、リアーネ姫。ギリギリでしたが、間に合ってよかった」

今年はちゃんと戻れるのかとリアーネは気が気でなかったようで、ほっとした様子で出迎えてくれた。
実際、ティバーンが祝詞を上げる直前で、本当にギリギリだ。
数年経っても、相変わらずティバーンは堅苦しい祝詞が煩わしいという様子を隠そうともしない。それでもかなり板についてきたが。
ほとんど形式ばかりの祝詞が終われば、後は各々宴で騒ぐなり、家族恋人と慎ましく過ごすなり自由だ。

『今年はどうするの?』
「そうですね……。今年はギリギリまで仕事でしたし、宴は遠慮します。疲れた状態でアレの酒盛りには付き合えません」

早速強い酒に手を付けていくティバーンに視線をやる。見るだけで胸焼けしそうだ。

『そう……』

名残惜しそうなリアーネだが、こればかりは譲れない。前に万全でない時に宴に参加し民の前で大恥を晒した失敗は繰り返せない。

「では、くれぐれも肉や酒に挑戦しないように」
『ええ』

一応リアーネに釘を刺しておいて、静かな場所を探しに行く。

宴の場では本当に大騒ぎだが、ひとたびその場を離れれば、本当に静かなものだ。

「よお、やっぱりお前も酒盛りから逃げてきたか」
「当然だろう。アレに付き合いきれるか」

同じ考えだっただろうネサラと鉢合わせる。
軽口を叩きあうが、不意にネサラがミリアの頬に触れる。

「……折角だし、今夜はお前と過ごすのもいいかもな」
「……いいだろう」

昔は当たり前にように共に過ごしていたものだが、そういう過ごし方は久しいな、と思い起こす。
共に食卓を囲み、取り留めのない話で盛り上がり、それから共に――別段変わったことはない筈なのに、久しぶりであるというだけで年甲斐もなくふわふわした心地になる。

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