どうしよう


ついにその日が来た。

副長官とカヨコさんは早朝に本部を出て指揮に当たっており、巨災対に出来ることは、見守る事だけである。

熱の出始めのように、頭がぼうっとして手足が冷える。こんなに緊張したのは初めてだ。死ぬかもしれないと思うほどに鼓動が早まる、出しなに副長官の身支度を手伝ったが、私に向けられた言葉はシンプルなものだった。

「行ってきます」

「、…行ってらっしゃい」

必ず帰るとも、必ず帰ってきてとも、言えなかった。そのようなドラマティックなセリフも涙も必要無かった。生きてやる。それだけだ。

矢口さんを見送り、踵を返すと、ノートパソコンを脇に挟んで部屋を出ようとする安田さんと鉢合わせた。

「なまえさん、良かった」
この人は誰だ?と一瞬戸惑うほど、落ち着いた表情の安田さんを見上げて、

何も、言わなくていいのか、
何か言った方がいいのか、

わからないまま、

彼の手を握って、部屋を飛び出していた。

「えぇ!?ちょっと、なまえさん!?」

錆び付いた扉を押し上げて非常階段を出ると、暑い暑い風が汗で張り付いた前髪を散らした。

困った顔で私を見る安田さんの手を握り、左胸に持っていく。

「うわっ、、!」

思わず離されそうになったので離さないでと睨むと、「そんな顔しないでよ」と手の力を緩めて眉を下げた。

どく、どく、と正常よりも早い、
彼女の心の音が聞こえる。

「安田さん、私、巨災対みんなのおかげで今こうして、生きています、」

こんなに生きるのに真剣になったのは初めてです。

そう言ってゆっくりと目を閉じると、長い睫毛が影になって伸びた。
眩しい、、仮眠室ではじめて起こしてくれた時から感じていたが、今はより一層眩しかった。目を開けていられない。

安田もなまえと同じように目を瞑り、握られた手をくん、と引いて彼女を抱きしめた。

ちょうど心臓のあたりに彼女の耳が当たるように屈んだ。

「俺たち生きてるんだね」

どき、どきと、痛いほどに脈打つ心臓の音を聞かせて「ちょっとうるさいかな」と頭をかくと彼女は笑った。

「俺の希望」
「はい」
「俺の生きる意味」
「はい」
「帰って来る場所」
「はい」

ぎゅうと腕を回して抱きしめると、彼女の細い腕が腰に巻きついてギュとスーツを握った。

聞こえないくらい小さな声が胸から響いてくる

「わたしの希望」
「おれが?」
「わたしの生きる意味」
「うわっ待って」
「私が待つひと」
「あーーっ」

ぎゅと、顔を押しつけるようにして彼女の言葉を遮った。「なんですか」と不満そうな抗議の声が上がる。

「それは今はやめようまじで!こ、告白じゃんもう」
「そうですよ、気づいてなかったんですか?とっくに告白ですよ、それ」

そう言われて、おれの言葉を返しただけか、そうか、もうとっくに…と、

青ざめてまた赤くなる。

「どうしよう、告白しちゃて俺」

両手で自分の顔を覆ったが今何色なのかは分からない。指の隙間から彼女を覗くと、耳が赤く色づいていっそう色っぽい。可笑しそうに俺を見上げていた。

「どうしましょう、告白されちゃって、」

「返事、しないで」
「しませんよ」
「眩しいから笑わないで」
「もー!わがままだなぁ」

あはははと笑ってら彼女は俺のスーツの裾を正してネクタイを締め直した。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

今すぐに好きだと叫んで抱きしめたい。
いや、抱きしめてやる。

彼女の笑顔を脳内に焼き付けて、俺は外へ出た。