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「迷子だ……」

 信じられないことだけど、わたしは迷子になってしまった。腕の中の変身学の教科書をじっと見つめても、教室まで案内してくれるわけじゃない。思わずため息をついた。
 入学の日から少し話すようになった同じ寮の友人であるネビルやネビルと仲の良いシェーマス、あとは数人の女の子と行動することが多いけど、今日は朝寝坊して気が付いたら誰もいなかった。変身学のマクゴナガル教授は厳しい先生なので、わたしに付き合って遅刻するのは嫌だったのかもしれない。

「どうかしたのかい?」

 うろうろしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、なんとも爽やかな青年が立っている。ネクタイは黄色、ハッフルパフの生徒だ。

「えっと、その……」

 どうかしたのかと言われたら答えはYESなんだけど、初対面の爽やか青年にそんなことを言うのは恥ずかしすぎる。いくらホグワーツ城が広いといえど、入学して1週間以上経つのに教室の場所がわからないなんて……。何て答えようかと考えていると、爽やか青年は「もしかして迷子かな?」と微笑んだ。うわあ、笑顔がまぶしい。答えるのが恥ずかしくて小さくうなずくと、彼は「案内するよ」と言った。え、いいんですか?

「僕はハッフルパフのセドリック・ディゴリー。3年だよ」
「グリフィンドールのナマエ・ミョウジです」
「ああ、君が日本人の」

 名乗られたのでわたしも答えると、爽やか青年ことディゴリー先輩は納得したように頷いた。ホグワーツにアジア人は少ない。なかでも日本人は多分0人だ。だから日本人というだけで、わたしは良い意味でも悪い意味でもそこそこ有名人らしい──って、この前ネビルが言っていた気がする。嬉しくない。そういえば日本にも魔法学校があったはずだけど、どうしてわたしはイギリスにいるんだろう?

「とにかく変身学の教室へ行こう。こっちだよ」
「はい!」

 歩き出すディゴリー先輩についていく。わたしが上ってきた階段を下り、スルーした通路を曲がり、しばらく歩いた後に彼は1つの教室の前で立ち止まった。見覚えがある、ここが変身学の教室だ!

「着いたよ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。何か困ったことがあったらいつでも言って」

 ディゴリー先輩すごい、優しい。見ず知らずの他の寮の後輩をわざわざ送ってくれるなんて、神様か何かだろうか? ぺこりとお辞儀をすると、彼は微笑んで爽やかに去っていった。翻るローブがなんとも綺麗だ。ディゴリー先輩が見えなくなったところで教室へ入る。ネビルの斜め後ろが開いていたのでそこに座った。マクゴナガル教授はまだ来ていない。良かった、間に合った。

「遅かったね。何かあったの?」
「ううん、ちょっと道に迷っちゃって」

 ネビルの隣に座っていたシェーマスがまたかよ……と呆れた顔をした。わたしからすれば、毎度のように呪文学で爆発を起こすシェーマスだってよっぽどだと思うんだけど……。まあ、わたしが全然道を覚えられないせいで迷子になってばっかりなのは事実だから何も言わないでおいた。
 数分後にマクゴナガル教授がやってきて、生徒たちにマッチ箱を配た。今日の授業はマッチ箱をランプに変えるらしい。わたしはそっとシェーマスから距離を取った。マッチ箱なんて、爆発する要素満載だ。それに気づいたシェーマスが杖でわたしを小突く。

「絶対にナマエより先にできるようになってやる」
「はいはいがんばれー」

 言ってはみたものの、実際わたしの変身学の出来はよろしくない。無機物から無機物はまだしも生き物を無機物に変えるとかその逆とかは、何回やってもできる気がしないんだよね。いくら考えたってマッチはマッチで、ネズミはネズミだ。杖でマッチ箱をつんつんしながら、さっきのことを考えた。
 わたしを変身学の教室まで案内してくれたのはハッフルパフのセドリック・ディゴリー。迷子のわたしを教室の前まで送り届けてくれた優しい彼だが三年後に学校行事の途中で命を落としてしまう。あんなに爽やかに笑う青年が? 数年後に、死んでしまうなんて信じられない。でも多分このまま何もしなければ、この世界の未来はきっとわたしの知っている通りになるんだろう。──もしわたしに彼を守れるだけの力があったら、わたしは彼を救うことができるんだろうか。
 わたしは学校生活を無事に生き残るために強くなりたくて、だからハウンド先輩に魔法を教えてもらうように頼んだ。だけど、もしも自分だけじゃない、他の誰かも救うことができるなら……?

 そんなことが許されるんだろうか。この世界は物語の中で、未来は決まってる。わたしが何かして未来を変えてしまったら、結末も変わってしまうかもしれない。もしそれが、本当の物語の結末よりも酷いものだったとしたら……? わたしにそれを背負う覚悟があるんだろうか?
 そこまで考えて、首を振った。未来が、結末が変わるかどうかなんてわかんない。でも、やっぱり死んでしまうとわかっていてそのまま見殺しになんてできないや。
 出来ることならわたしは彼を救いたい。その為には、やっぱり強くなるしかないんだ。マッチをつついていた杖を強く握った。わたしなんかに何とかできるかはわからないけど……それでも、何もしないよりはいい。

 マッチはマッチだ、でもここは魔法の世界。マッチはランプになるし、カエルは花瓶になる。じっとマッチを見つめて杖を振った。

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