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 はあー、と深いため息が出た。現在は夜、消灯時間間際だ。絶賛迷子中。ホグワーツ広すぎるんだよ、城って言ったって限度があるでしょうよ。
 グリフィンドールの寮は城の一番高いところにあるから、とにかく階段を上っていけばいいはずなのに何故か全然たどり着けない。不思議なこともあるもんだ。しかも動く階段が動く気配を全く見せてくれないので、わたしは現在手持無沙汰でぼーっと階段を眺めているだけである。これで消灯時間すぎちゃってもわたし悪くないよね、悪いのは階段だよね?

「──、───……」
「えっ」

 あくびを噛み殺しつつ階段が動くのを待っていると、何か人の声のようなものが聞こえてきた。こんな時間に、こんな場所で?
 何か見てはいけないものだったらどうしようという不安よりも、だれが何をしているのか気になる好奇心の方が強かった。もし人がいるなら、グリフィンドール寮まで案内してくれるかもしれないし。

「──!」

 ここかな、とたどり着いた教室をそっと覗くと1人の男子生徒がいた。何やら熱心に呪文の練習をしている。彼の杖の先から放たれた閃光が教室の椅子を粉々にしたのを見て、思わず「ヒエッ」と声が出た。そして教室の中の彼と目が合う。

「何故君がここに?」
「いやあの、はい、のぞき見してごめんなさい!」
「何か用かと聞いているんですが」

 あっはい、そうですね。声をかけられてびっくりしたと同時に勢い余って教室に入り込んでしまったわたしを見た彼は眉間に皺を寄せた。丁寧な口調とは裏腹に、どことなく冷たさを感じる彼のネクタイの色は赤、同じグリフィンドールの生徒らしい。授業では見かけないし、たぶん先輩。良かった、寮まで案内してもらおう。

「ごめんなさい、用事があるわけではなくて……」
「それならさっさと寮へ帰るんだ。生徒が出歩いていい時間じゃない」

 いやあなたもね、という言葉はそっと飲み込んだ。帰りたいのはやまやまなんだけど、そういえば絶賛迷子なんだよねわたし。迷子なのに寄り道するってどういう神経してるんだって言われそうだけど。
 わたしを無視して再び杖を構えた彼だが、教室の外から猫の鳴き声が聞こえてきてスッと杖を下した。これはもしかして──フィルチの飼い猫の、ミセスノリス?
 わたしはさっと顔を青ざめた。夜間の出歩きが見つかって罰則されたなんて、同じ寮の子たちに知られたら何て言われるか。項垂れるわたしとは違い、先輩は「来て」と腕を引っ張った。

「えっと」
「黙って、息を吸わないで」

 いや無茶な。サッと教室の明かりを消した彼はわたしの手を引き教壇の陰に隠れると、もう片方の手でわたしの口を押えた。正確には口と鼻。あの、息できません、死ぬ……!

「……行きましたか」

 ぱっと手を離されて、わたしは大きく息を吸った。し、しぬかとおもった……! 繰り返し大きく深呼吸をするわたしをよそに、立ち上がった先輩は再び杖を取り出した。もしかしてさっきの続きをする気なんだろうか。フィルチが見回ってるとしたら、もう消灯時間だ。早く帰らないと──いや、もう時間を過ぎてしまってるなら急いで帰ってもゆっくり帰っても一緒なのかも?
 わたしがじっと見つめていることに気が付いた彼は、煩わしそうに眉をひそめた。

「まだ何か?」
「いえ、あ、さっきはありがとうございました」
「別に。君が見つかると僕も困るからああしただけで、礼を言われることじゃない」
「それでも助かりました。ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をすると、彼はフンっと鼻を鳴らした。そして杖を構える。

「さっさと帰ってくれますか。気が散る」
「それが、あのー、そうしたいのは山々なんですけど……」

 道に迷って、帰れないんです。わたしがそう言うと、彼の視線はチラリとわたしを見たが、すぐに粉々になった椅子に向けられた。一瞬向けられた表情は驚きや嘲りなどではなく、ただの呆れだった。いやだって階段がいきなり動いたり、全く動かなかったりするんだもん仕方ないじゃんね!

「グリフィンドールの寮はこの塔じゃありません」
「えっ」

 なんということだ……まさか、そもそも登る塔を間違えていたなんて。そりゃいつまでたってもたどり着けないはずだ。

「あの、じゃあ一緒に帰ってもらえませんか?」
「僕は忙しい」

 ぴしゃりと言い放った先輩に「お願いします、一緒に寮まで連れてってください!」と頼み込む。「面倒くさい」「そこをなんとか!」「僕はまだここでやることがある」「待ってるので!」「気が散る」「大人しくしてますから!」と何度も問答を繰り返したが、わたしが諦めないと悟ったのか、断り続けることが面倒になったのか折れたのは彼の方だった。

「もういいです、好きにしてください」
「やった、ありがとうございます!」
「うるさい、黙れ、静かに」

 お礼を言っただけでこれである。切ない……。

*